文楽編 義経千本桜 Yoshitsune Senbon Zakura

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親子の情愛

武将たちの運命を軸とする本作は、親子の情愛についても問いかけています。骨肉のあいだでさえわかり合えず、争いが絶えない人の世の不条理が、異類である狐のひたむきな生き方によって、鮮やかに照らし出されるのです。

狐忠信が照らし出すテーマ

『義経千本桜』の物語を開く「忠なるかな忠、信なるかな信」という大序の言葉は、登場人物の一人、佐藤忠信(さとうただのぶ)の名を暗示しています。義経の数ある従者のなかでも、とりわけ忠信を本作で大きく扱っているのは、誉れ高い勇将であることによるだけでなく、忠信を装ってさまざまな場面で狐が活躍する、いわゆる狐忠信という役割を与えているからだと思われます。

千年にわたって生きながらえながら、雨乞いのために捕らえられた雌雄の狐。その子である狐が、両親の皮を張られた宝物・初音の鼓を慕い、忠信のかたちを借りて静の身辺を守りつつ、孝行を尽くそうとするひたむきな姿に、義経は打たれます。

父・義朝(よしとも)と死別し、頼りの兄・頼朝(よりとも)とも不和となる、自らの肉親との縁の薄さと比べ、異類である狐の親子の情愛の何と深いことか。源九郎(げんくろう)という自身の名だけでなく、後白河法皇から下された鼓も狐に与える義経の振る舞いは、人の世の不条理を深く省みてのものではないでしょうか。

全体を貫く親子の情愛

親子の情愛と葛藤は、各段においても悲痛なかたちで問いかけられています。

たとえば、「堀川御所の段」では、頼朝から遣わされた鎌倉の重鎮・川越太郎重頼(かわごえたろうしげより)が、平時忠(たいらのときただ)の養女である卿の君(きょうのきみ)を義経が妻としたことを、平氏と縁を組むものだと詰問。卿の君は、義経の謀反の疑いを晴らそうと、実父である川越太郎の脇差しを奪い自害してしまいました。

頼朝と義経が和睦するために娘が犠牲となることを覚悟していた川越太郎は、最期に娘と呼んでほしいと求める卿の君に「親子の名乗りは未来で」と答え、娘の首を介錯するのです。

また、「すしやの段」では、実は生き延びていた平氏の大将・平維盛(たいらのこれもり)を、その父・重盛(しげもり)から受けた恩に報いるために、釣瓶鮓屋(つるべすしや)の弥左衛門(やざえもん)がかくまっていますが、鎌倉からの追っ手が迫ります。弥左衛門の息子・権太(ごんた)は、人を脅したり騙したりばかりする悪党ですが、維盛の首を打ち、維盛の妻子も生け捕ったとして追っ手に渡し、褒美の金を求めます。

逆上した弥左衛門は権太を刺しますが、実は首は偽物、差し出したのも身代わりで、鮓屋を離れて暮らしていた権太の妻子だったのです。窮地に陥った維盛妻子を救うために、権太が自らを犠牲にして追っ手を騙そうとしたのでした。弥左衛門は、改心した息子を自ら手にかけたうえ、嫁や孫と名乗り合うこともできなかったのです。

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