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酒宴への返礼に、弁慶は『梁塵秘抄(りょうじんひしょう)』などに見える「鳴るは滝の水」の中世に流行した歌を謡い、「延年」の舞を披露します。しかし弁慶にとって、これは決して楽しい酒宴などであるはずがありません。「とうたり」の繰り返しに続けて、疾く疾くと急き立てているように、弁慶は少しでも早く義経を遠くに行かせたいでしょうし、富樫はひょっとしたら再び探りに追ってきたのかもしれません。何でもない巻物をまるで本物の勧進帳のように天にも響けと読み上げ、切り抜けた弁慶でしたが、またも降りかかってきた困難に、ここでも怪しまれないようにさっそうと舞わなくてはなりません。そうした複雑な思いが隠された舞なのです。『安宅』には最後まで緊張感が張りつめ、観る人をひきつけて止みません。歌舞伎十八番の1つ『勧進帳(かんじんちょう)』や文楽の『鳴響安宅新関(なりひびくあたかのしんせき)』などのもとになった演目です。

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