作品のあらまし
1時間近くを1人の女方が踊りぬく女方舞踊の大曲で、『娘道成寺』または単に『道成寺』と略されます。
白拍子(しらびょうし)の花子が道成寺の鐘供養に訪れ、舞を次々に披露するうちに鐘に飛び込み、蛇体となって現れるという設定ですが、内容はいくつかの部分に分けられ、恋にまつわるさまざまな女性の姿を踊り分けることが主眼となっています。
歌舞伎には、「道成寺物(どうじょうじもの)」とよばれる作品群があります。これらの作品は、能の『道成寺』から、鐘供養に訪れた女性が舞を披露し、恨みの表情で鐘に飛び込む、という枠組みを取り入れています。「道成寺物」は、元禄年間(1688年~1704年)から上演されるようになりますが、それらの作品を集大成したのが、1753(宝暦3)年に初代中村富十郎(なかむらとみじゅうろう)が初演した『京鹿子娘道成寺』です。
見どころ1
平成2(1990)年3月
国立劇場大劇場 第159回歌舞伎公演
『京鹿子娘道成寺』
白拍子花子:中村 芝翫【7】
「義太夫(ぎだゆう)」や「長唄(ながうた)」などの「音曲(おんぎょく)」の聞かせどころで、心情が訴えられている部分を「クドキ」といいます。舞踊では「クドキ」に、ゆったりとした振りを付けて見どころとしています。
この作品のクドキは、「長唄」の「恋の手習いつい見習いて」から始まる部分です。映像はそれの後に続く、「誰に見しょとて紅(べに)鉄漿(かね)つきょぞ」のくだりで、手拭(てぬぐい)を鏡に見立てて、紅を溶いて口に塗る振りが付いており、男に会う前の女心をしっとりと描いた場面です。
見どころ2
平成2(1990)年3月
国立劇場大劇場 第159回歌舞伎公演
『京鹿子娘道成寺』
白拍子花子:中村 芝翫【7】
花子は何度か衣裳を替えますが、中に「引抜(ひきぬき)」という手法を使って、舞台上で一瞬にして衣裳を替える場面があります。衣裳はあらかじめ重ねて着込み、仕付け糸で留めておきます。直前に後見[演技を補助する役割]が、留めてある仕付け糸を引抜き、俳優とタイミングを合わせて上に着込んだ衣裳を取り去ります。「引抜」を含めて目まぐるしく衣裳を替える演出は、観客の目先を変える意味があります。