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『花鏡』の結びに、あらゆる功能につながるとして紹介されている一句です。今日では、物事を始めた頃の新鮮な気持ちや意欲を忘れてはいけない、という意味で使われていますが、これは世阿弥の言った意味とは異なります。世阿弥の「初心」は、若い頃の未熟な芸や、年齢ごとの芸の初めての境地を指しており、芸の向上をはかるものさしとしてこの初心を忘れてはいけないというのです。
世阿弥は、この教えを3つに分けて説きます。まず「是非(ぜひ)初心を忘るべからず」といい、若い頃の未熟な芸を忘れなければ、そこから向上した今の芸も正しく認識できるとします。次に「時々(ときとき)の初心を忘るべからず」といい、年盛りから老後に至るまでの各段階で年相応の芸を学んだ、それぞれの初めての境地を覚えていることにより、幅広い芸が可能になるとします。最後に「老後の初心を忘るべからず」といい、老後にさえふさわしい芸を学ぶ初心があり、それを忘れずに限りない芸の向上を目指すことを説くのです。
なお、「初心不可忘」と似た表現が、当時禅宗で重んじられた書物の中にみえており、この有名な句も禅の影響のもとで唱えられたことが、最近指摘されています。
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