琉球古典音楽(りゅうきゅうこてんおんがく)

琉球古典音楽とは、琉球王朝[1429~1879年]の宮廷音楽として発達した音楽です。琉球[現在の沖縄県]は、14世紀に当時の明国[現在の中国]より正式な使者を迎えて以来、冊封使(さくほうし・さっぽうし)*1と呼ばれる使者が、1866年までの約500年間に23回訪れていました。この使者を歓待するため、宮廷芸能[歌三線(うたさんしん)、舞踊]は発達しました。現在に伝わる三線音楽の基礎は、現在の湛水流の始祖、湛水親方幸地賢忠(たいすいうぇーかた こうちけんちゅう1623-1683)により確立したといわれています。「歌三線」では、ニシキ蛇の皮が張られた三線を、歌を歌いながら演奏*2します。歌は、「琉歌(りゅうか)の形式」と呼ばれる八八八六の30文字*3や、五五八六の24文字からなる「仲風 (なかふう)形式」などで構成されています。

《コラム》物資不足が生んだユニークな三線

  • 参考曲
  • 楽譜・資料
  • 主な楽器
  • 注釈・コラム
  1. *1冊封使(さくほうし・さっぽうし):
    冊封とは、中国の皇帝が琉球国王を任命する詔勅(しょうちょく)[公式文書]を携えてくることです。その使者を冊封使と呼びました。
  2. *2演奏:
    演奏の時は、水牛の角などでできた爪を人差し指にはめて、弦をはじきます。奄美大島では、竹製の細長い撥(ばち)を使います。
  3. *3八八八六の30文字:
    次の例のように8文字、8文字、8文字、6文字からなる歌。「しゃ」「じゃ」「てぃ」「でぃ」「ちゃ」「ぐぅ」「とぅ」などは1文字と数えます。

    きゆぬふくらしゃや[8文字]
    なうにじゃなたてぃる[8文字]
    ちぶでぃうるはなぬ[8文字]
    ちうちゃたぐぅとぅ[6文字]

    【大意】
    今日の嬉しさは
    何にたとえようか。
    花のつぼみが
    露を受けて花が開いたようだ。

コラム

物資不足が生んだユニークな三線

第2次世界大戦後の物資の乏しい時期には、三線の胴に空き缶を、弦にパラシュートのヒモ糸を用いた「カンカラ三線」と呼ばれるものが三線の代用品として製作されていました。

*2『琉球人坐楽之図』
財団法人 永青文庫所蔵
琉球古典舞踊・打組踊(うちくみおどり)『醜童(しゅんどう)』です。三線の伴奏で、美女と醜女(しこめ)が踊っている様子が描かれています。全て男性による編成で、美女役は女形の若い男性が踊ります。『醜童』は、琉球舞踊唯一の仮面舞踊で、現在でも人気のある演目です。

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