清元節(きよもとぶし)

清元節は、1814年[文化11年]、初代・清元延寿太夫(きよもとえんじゅだゆう)[1777-1825]が創始した浄瑠璃[語りもの音楽]で、豊後節(ぶんごぶし)*1の系統に属します。初代と2代目の延寿太夫は、美音家として知られ、当時の流行唄を取り入れたりして曲風を確立し、歌舞伎にも積極的に取り入れられました*2。4代目は歌舞伎作者・河竹黙阿弥(かわたけもくあみ)と提携し、多くの作品を生み出し、また「他所事浄瑠璃(よそごとじょうるり)」*3という新しい演出方法を編み出しました。5代目は、語り口を上品にして、社会的な地位を向上させ、清元節を隆盛に導きました。発声はきわめて技巧的で、高い声を特色とします。三味線は、中棹(ちゅうざお) *4を用い、澄んだ柔らかい音を基本とし、控えめな演奏で語りを大切にします。

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『忍逢春雪解(しのびあうはるのゆきどけ)』

通称「三千歳(みちとせ)」
浄瑠璃/清元志寿太夫、清元小志寿太夫、清元志寿子太夫、三味線/清元栄三郎、上調子/清元志寿朗
1979年[昭和54年]6月20日 第31回邦楽公演「邦楽鑑賞会」
国立劇場小劇場

忍逢春雪解

2:04

【解説】

1881年[明治14年]東京で初演。雪の降る寒い春の夜、お尋ね者の直次郎(なおじろう)は、高飛びする前になじみの遊女・三千歳に会いに行きます。束の間会ってはかなく別れる男女の心情を描く歌舞伎の中で演奏される曲です。

【詞章】

一日逢はねば千日の、思いに私や患うて

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