民俗芸能にみられる鬼

鬼といえばどういった存在を思い浮かべるでしょうか? たとえば、昔話の「桃太郎」では鬼ヶ島に住む鬼が描かれます。また、各地に伝わる伝説の中には、酒呑童子(しゅてんどうじ)や茨木童子(いばらきどうじ)のように特定の名前と個性を持つ鬼もいれば、人間が嫉妬のあまり鬼となった般若(はんにゃ)もいます。そして近年人気を博している鬼退治をテーマとする漫画やアニメでは、異能の力を使って人を攻撃する鬼も出てきます。
このように日本における鬼のイメージは多様ですが、その多くは人に害をなす邪悪な存在で、最終的には倒されてしまいます。けれども、民俗芸能の世界には、単なる悪者ではないさまざまな鬼も存在しています。
追い払われる鬼
2月の節分には、「鬼は外、福は内」の掛け声で豆を撒くことが多くの家庭で行われています。節分に現れる鬼は、呪力が宿るとされる豆を撒かれ、追い払われる悪い存在です。
こうした追い払われる鬼の姿は、各地の寺社で開催される祭りの中にも見られます。たとえば、愛知県豊橋市の安久美神戸(あくみかんべ)神明社で行われている「豊橋神明社の鬼祭」には、赤鬼や黒鬼などさまざまな鬼が登場します。主役となる赤鬼は、天狗との立ち合いを3度演じます。その後、赤鬼は敗北を認めて改心し、縁起物の飴を置いて境内から走り去ります。神社から追い出された鬼は、氏子町内をめぐり、各所で厄払いを行います。
このような鬼を追い払う行事の源流は、古代の宮中で大晦日(おおみそか)に行われていた「追儺(ついな)」という鬼追い(オニヤライ)の行事にあると考えられています。これは、災いをもたらす原因と考えられた疫鬼(えきき)を追い払うことで、生活の安寧を祈願する行事です。そこでは、方相氏(ほうそうし)と呼ばれる四ツ目の恐ろしい仮面をつけた役が、手に持つ武器で武威を示し、大きな音を立てて目に見えない鬼を追い払いました。
しかし平安時代の終わりごろになると、もともと鬼を追う側であった方相氏が、その恐ろしい姿から鬼とみなされるようになり、追われる存在になってしまいました。

地獄の番人としての鬼
鬼は、死後の世界にも登場します。仏教では、人は死ぬと三途の川を渡ってあの世へ行き、現世での行動の良し悪しによりその行き先が決まると考えられていました。鬼は、冥界の王である閻魔(えんま)大王の配下として、亡者を拷問します。こうした地獄の番人としての鬼の姿も民俗芸能の中に残されています。
たとえば、千葉県の横芝光町にある広済寺では、毎年8月16日の法事の際に「鬼来迎(きらいごう)」と呼ばれる仮面劇が演じられています。この劇の舞台は死後の世界で、境内に設けられた舞台では、白い死装束を身につけた亡者が登場し、閻魔大王による罪の裁きを受けます。その後、亡者は地獄へ堕ち、鬼婆、黒鬼、赤鬼から激しく責めたてられます。そこに地蔵菩薩や観音菩薩が現れ、苦しむ亡者を救済する様子が演じられます。この芸能は、地獄の悲惨さを演劇にして見せることで、人々に死者供養の必要性や仏教の大切さを説明するために演じられてきました。ここでの鬼は、亡者をいじめる非道で恐ろしい存在でした。
鬼は敵か味方か?
民俗芸能の世界には、悪鬼だけでなく、人間になんらかの福や力をもたらしてくれる善鬼(ぜんき)も存在しています。
たとえば、愛知県の奥三河(おくみかわ)地方で行われている「花祭」には、巨大な鬼面をつけ、大きなまさかりを手に持つ鬼たちが登場します。彼らは、山から降りてきた荒ぶる神霊だと考えられており、敬意を込めて「鬼様」と呼ばれてきました。中でも「榊鬼(さかきおに)」は、祭場に登場すると禰宜(ネギ)と呼ばれる役と問答をします。問答の中心は、鬼と禰宜との「年齢比べ」と榊の枝を奪い合う「榊引き」ですが、両方とも鬼が負けてしまいます。その後、負けた榊鬼は、反閇(ヘンバイ)という呪術的な足踏みして、大地に潜む悪霊を踏み鎮めます。また榊鬼は、祭りの当日、地区の家々をめぐって悪霊を祓(はら)ったり、病人の患部を踏んで病気治しをすることもあります。このように榊鬼は、人々から畏れ敬われるとともに、身に宿す力を使ってさまざまな御利益をもたらしてくれる存在なのでした。


また、岩手県の和賀地方では、鬼の面をつけた舞手が飛び跳ねるように荒々しく踊る「鬼剣舞(おにけんばい)」が伝承されています。鬼剣舞は、念仏や和讃(わさん)を唱えながら舞い踊る念仏踊りの一種で、お盆などに死者供養や悪霊退散のため踊られてきました。舞手がつける鬼面は、いかめしい表情をした憤怒面で、白・青・赤・黒の4色に塗られていますが、角がありません。なぜ角がないかというと、鬼剣舞の鬼は仏の化身だと考えられており、四方を守り固める仏教の明王にそれぞれ見立てられているからです。このように、仏が変じて鬼として現れる場合もあるのです。


このように、民俗芸能にはさまざまな鬼が登場しています。鬼は、善悪だけで区別できない複雑な存在で、その多様性にこそ鬼の面白さがあります。そんな鬼たちに会いに、鬼の出る祭りを見に行ってみてはいかがでしょうか。
- 鈴木 昂太
- 独立行政法人国立文化財機構 東京文化財研究所 無形文化遺産部 研究補佐員