民俗芸能の獅子

山伏神楽(大償神楽)

 獅子舞が日本でいつ始められたのか定かではありませんが、正倉院(しょうそういん)の宝物には奈良時代の獅子頭が残されています。中国渡来の「伎楽」という芸能の中で、この獅子頭を用いた獅子舞が演じられていたようです。獅子は悪霊を退散させる力をもった霊獣だと考えられていましたから、祭礼や儀式の場を清めるような役割を担っていました。また稲の豊作を願う「田楽」という芸能の冒頭で演じる場合もありました。現在でも、祭礼行列や田楽に登場する獅子があるのは、そうした名残でしょう。

 そうやって都などで演じられてきた獅子舞ですが、室町時代の頃には東北地方にも広まっていきました。伝えたのは、修験道(しゅげんどう)の山伏たちだと考えられます。信仰を広める活動をする彼らにとって、都で流行する獅子舞は重要な営業パフォーマンスだったのでしょう。現在でも東北地方の山伏神楽、能舞(のうまい)、番楽(ばんがく)といった神楽に、獅子(岩手では「権現(ごんげん)」と呼ばれます)の舞があるのは、そのためです。

 さらに室町時代から江戸時代にかけて、伊勢神宮(三重県)や熱田(あつた)神宮(愛知県)に属する「大神楽(太神楽)」が生まれました。獅子舞を中心とした神楽です。これが全国に広まり、やがて地方でも演じられるようになったのです。現在、多くの人が獅子舞と聞いて思い浮かべるのは、このタイプの獅子で、現在の獅子舞の基礎を作ったといってもいいでしょう。主に赤い顔で垂れた耳や大きな鼻を持ち、胴体には2人入って前足と後ろ足を演じるものです。

大神楽(伊勢大神楽)

 この大神楽タイプの獅子舞は、さらに多くのバリエーションを生み出していきました。例えば鳥取県の東部と兵庫県の北西部には、麒麟(きりん)獅子舞という麒麟の頭をした獅子舞が、現在でも100ヶ所以上の地域で演じられています。麒麟といっても首の長い動物ではなく、ビールのラベルでも有名な伝説上の動物で、金色の長い顔をしているのが特徴。ゆっくりゆっくりと優雅に舞うのが特徴で、猩々という赤い面をつけた役が獅子に絡みます。この獅子に絡む役は、地域によって異なりますが、そうした役が存在することも、伎楽以来の獅子舞の伝統といえるでしょう。

麒麟獅子(鳥取市用瀬)
猫獅子(獅子舞王国さぬき)

 四国の香川県では、猫獅子と呼ばれるタイプの獅子頭も使われています。香川県は獅子舞が大変盛んで、その数は800以上に及ぶといいます。その一部で猫獅子が使われていますが、特徴は頭部全体に毛が生えていることです。猫というには、やや怖い顔立ちかもしれません。また囃子に、大きな鉦(かね)が入るのも特徴です。大神楽の場合、楽器は基本的には笛と太鼓ですが、香川県では笛が途絶えているものも多く、大きな鉦をガンガンと叩くので、初めて見た人は驚くかもしれません。

 香川県にはまた、虎をモチーフにした獅子舞もあります。ほかにも岩手県、宮城県や神奈川県、静岡県、熊本県などに点在しており、虎舞、虎踊りなどと呼ばれます。完全に虎を模した頭で胴体も虎柄の幕を使う場合と、獅子舞と変わらない頭と胴体を使う場合とがあります。また虎に絡む役として、和藤内(わとうない)という名の男が登場する例も多く見られます。和藤内は江戸時代に浄瑠璃や歌舞伎で流行した『国性爺合戦(こくせんやかっせん)』に登場するヒーローで、虎退治をしたことからモチーフとされたのでしょう。

虎舞(吉里吉里)

 それから香川県と並んで獅子舞が多い県が富山県です。やはり800以上の伝承があるとされますが、富山の獅子舞は百足(むかで)獅子と呼ばれる、胴体の長い獅子が特徴です。大神楽系では通常2人しか胴幕の中に入りませんが、富山県や石川県では7~8人が入ります。また獅子に絡む役として天狗が多く登場し、天狗と獅子とが戦い、最終的に獅子を殺してしまう「獅子殺し」が演じられることも、大きな特徴です。

百足獅子(射水市獅子絵田)

 その百足獅子をさらに大きくした獅子舞が、長野県の南信州に伝わる屋台獅子でしょう。これは、胴体の部分に屋台をすっぽり入れてしまった獅子で、なんとも迫力があります。また九州に行くと、大神楽系の獅子頭とは異なる、円盤状の獅子頭を使った獅子舞も見られます。これらは、韓国や中国で演じられる獅子にも似ており、大陸とのつながりも伺えます。さらに沖縄県の獅子も独特で、特に胴体に割いた植物の繊維を用いた、毛むくじゃらの獅子となります。

三匹獅子(日光市小林)

 一方、獅子舞には、獅子1頭を1人で演じるタイプのものもあります。特に3人で3頭を演じる三匹獅子舞と呼ばれる獅子舞は、関東から北海道南部まで東日本には多数伝わっています。演じ方も大神楽系とは異なっています。大神楽系の獅子舞は、一般的に幕の中の演者が獅子頭を手で操作しますが、この三匹獅子舞では、頭頂部に獅子頭を固定し、お腹につけた太鼓を打ち鳴らしながら踊るのです。

 地域によっては、獅子ではなく鹿をモチーフにする場合もあります。特に岩手県内では、鹿と書いてシシと読ませる鹿踊(ししおど)りになり、演者も8~12名程度と多数になる傾向にあります。また同じ鹿踊りでも、お腹に太鼓をつけるグループと、つけずに幕だけをひらひらさせながら、別の者が太鼓を叩くグループとに分類されます。

 このように、日本にはとても多くのバリエーションを持った獅子舞が伝えられています。その原型は、古代日本に大陸からもたらされた獅子舞なのでしょうが、その後の長い歴史と地域ごとの風土の中で、多様なスタイルが生み出されていきました。獅子舞には怖さとともに、ユーモラスな部分もあり、元祖ゆるキャラだと言う人もいます。そしてまた神として、霊獣として、崇められる存在でもありました。さらに、アジア各地にも類似の獅子舞系芸能が伝えられています。こうした多様な獅子舞文化を、これからも大切に継承していきたいものです。

久保田裕道
独立行政法人国立文化財機構 東京文化財研究所 無形文化遺産部 無形民俗文化財研究室長

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