人形浄瑠璃 文楽 BUNRAKU

歴史

源流

人形の起源

大祓(おおはらい)に使っていた人形
「平城宮壬生門前の人形と銅人形・木製人形集合」
奈良文化財研究所所蔵

日本での人形は古代の土偶(どぐう)が起源とされ、信仰の対象として始まりました。人形は不思議な力を持つと考えられ、呪術の道具や厄災の身代りとして使われました。こうした人形は日本各地に見られ、穢(けが)れなどを身代りの人形につけて流したり焼いたりする風習などが現在でも伝わっています。

人形の変遷

『人倫訓蒙図彙』第7巻
夷舞
国立国会図書館所蔵(寄別13-58)

平安時代、人形を使って芸をする職業集団・傀儡師(くぐつまわし)が現れます。彼らは、首にかけた箱などを舞台にして、流行歌を歌い、また物語を語りながら人形を操りました。17世紀初め頃、こうした集団のうち、夷舞(えびすまわし)がのちに浄瑠璃(じょうるり)と結びついたことで、現在の人形浄瑠璃文楽の原型が生まれました。

用語解説

夷舞

西宮(にしのみや:現在の兵庫県西宮市)神社を本拠地として、各家々を祝福するため家の角に立って人形を舞わせる集団。

語り物のルーツ

琵琶法師
『職人尽歌合(七十一番職人歌合)』模本
東京国立博物館所蔵(C0017472)
Image:TNM Image Archives

浄瑠璃をはじめとする、物語に節(ふし)をつけて語る声と楽器による音楽を「語り物(かたりもの)」といいます。この語り物の源流となるのが、琵琶法師(びわほうし)が『平家物語(へいけものがたり)』を琵琶の伴奏で弾き語りをする「平家(平曲:へいきょく)」で、鎌倉時代に成立しました。この平家の影響を受けて成立した「説経節(せっきょうぶし)」がのちに人形と結びついて広まっていきます。

用語解説

説経節

もともとは仏教の講話で、扇や錫杖(しゃくじょう)で拍子を取りながら語りました。『さんせう太夫(さんしょうだゆう)』『かるかや』などが代表的な演目です。

浄瑠璃の語源

『見立牛若丸浄瑠璃姫』
東京国立博物館所蔵(C0028082)
Image:TNM Image Archives

室町時代になると、琵琶法師のなかには平家だけでなく、当時流行している歌謡や語り物を演奏する者も現れました。なかでも、浄瑠璃姫と牛若丸(うしわかまる:のちの源義経[みなもとのよしつね])との恋物語は、のちに三味線が伴奏楽器となり、人形が加わって人気となり、「浄瑠璃」が語り物の代名詞となりました。

三味線の普及

三味線を弾く人々
『風俗図巻』
東京国立博物館所蔵(C0005237)
Image:TNM Image Archives

三味線の原型となる三絃(さんげん:3本の絃の楽器)は中国で完成し、16世紀後半までには日本に伝わっていました。起源や伝来の経路については諸説ありますが、琉球(りゅうきゅう:現在の沖縄県)に渡って三線(さんしん)となり、これが日本本土に伝わったというのが通説です。琵琶などの影響を受けて日本で材料などが改良され、三味線は語り物や歌謡の伴奏楽器として広く普及していきました。

ページの先頭に戻る