文楽編・菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)

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天神と菅原道真

道真が天神とされる前から「天神(あまつかみ)」は存在していました。

菅原道真肖像画<br>(太宰府天満宮所蔵)
菅原道真肖像画(太宰府天満宮所蔵)

政敵・藤原時平(ふじわらのときひら)らの計略により、無実の罪を着せられ、太宰府に流された菅原道真(すがわらのみちざね)が死後、怨霊(おんりょう)となって天変地異を起こし、天神として祀られた……という平安時代に起こった一大事件は、学術的にはさまざまな説があるものの、庶民の間で長らく語り継がれてきました。道真と天神をテーマとする文学作品も数多く成立し、「天神記」と総称されています。『菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)』もこうした作品群のひとつといえるでしょう。

しかし、はるか以前の神代の時代から「天神(あまつかみ)」という言葉は存在していました。日本の神道の場合、天神(あまつかみ)は一柱の神を指すのではなく、土地にもともと存在する国神(くにつかみ。「地祇(ちぎ)」ともいう)に対し、天(高天原[たかまがはら])から降った神々の総称でした。神道の神々は多岐にわたりますが、自然物や自然現象はあまねく神と考えられてきました。一方、古代日本に強い影響を与えた古代中国にも天神という言葉があり、これは万物を司る「天帝」をはじめとする太陽や月などの自然や自然現象を指します。2つの「天神」は厳密には異なりますが、時代が下るにつれて、少なくとも庶民の間では渾然一体となって信仰されるようになりました。

平安時代に成立した史書『続日本後紀(しょくにほんこうき)』の承和3年(836)の項には、「遣唐使のために、天神地祇を北野に祀る」という記述が見られます。道真の怨霊は、黒雲に乗り、雷を駆使して猛威を奮い、宮中にも雷を落としたとされています。天神(あまつかみ)が総じて自然現象を神格化したものであったとすると、雷を操る道真が神として祀られたのも自然な流れからであったと考えられます。

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