文楽編 仮名手本忠臣蔵 Kanadehon Chushingura

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よもやま  『太平記』の世界

南北朝時代の動乱

鎌倉幕府の崩壊から室町幕府の安定までの時期は、朝廷が2つに分かれ、それぞれにつく勢力が争う動乱の時代でした。軍記物語『太平記』は、その時代を生きた個性的な人々を描き、後世に語り継がれてきました

2つに分かれた朝廷が対立

『太平記絵巻』7巻
南北朝時代の合戦の場面
(埼玉県立歴史と民俗の博物館所蔵)

北条家が幕府の実権を握っていた鎌倉時代の後期、朝廷では大覚寺統(だいかくじとう)と持明院統(じみょういんとう)の対立が起こっていました。大覚寺統から即位した後醍醐天皇(ごだいごてんのう)は、足利尊氏(あしかがたかうじ)、新田義貞(にったよしさだ)らの協力によって鎌倉幕府を倒し、「建武の新政」を開始します。新政において大きな力を持つようになった足利尊氏は、やがて後醍醐天皇に背き、建武3年(1336年)京で持明院統の光明天皇(こうみょうてんのう)をたて北朝(ほくちょう)を開きます。それに対し、後醍醐天皇は、吉野[現在の奈良県吉野郡]に逃れて南朝(なんちょう)を開き、2つの朝廷が並び立つ形になりました。この間の南朝・北朝の対立を背景とした全国の武家・荘園の争いを「南北朝の動乱」と呼びます。


南北朝の動乱を描いた『太平記』

文保2年(1318年)から貞治7年(1368年)頃までの約50年間を記す軍記物語『太平記(たいへいき)』。そこには、後醍醐天皇の倒幕計画から鎌倉幕府の滅亡、「建武の新政」、南北朝の対立などが描かれています。

歴史の転換期には、自らの力で世の中を動かそうとする野心や個性の強い人物が出現します。『太平記』にも、時代に大きな変革をもたらした人物が数多く描かれており、それが魅力のひとつとなっています。その中には、足利尊氏や新田義貞はもちろん、謎の多い人物ながら奇抜な戦略で鎌倉幕府軍と戦った楠木正成(くすのきまさしげ)のような特異な人物も登場します。

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