文楽編 仮名手本忠臣蔵 Kanadehon Chushingura

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よもやま 忠臣蔵の経済

お取り潰しの清算処理

藩が取り潰しになったとき、藩や藩士たちの財産はどうなるのでしょうか。赤穂藩の場合、取り潰し時の財産処分については記録が残されており、一人ひとりに退職金を配ったことなどがわかっています

取り潰し後の藩の財産のゆくえ

浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)の起こした刃傷事件で、浅野家は取り潰しとなります。幕府から預かっている形の領地、城、江戸の屋敷は、幕府に返さなくてはなりませんが、それ以外の財産は売ることができました。赤穂藩はまず藩所有の船を売り払いました。「城付き」の武具は城とともに返却しなければなりませんが、赤穂藩では鉄砲など武具の数に余裕があったため、規定の数だけ返納し、残りは藩士に下げ渡しまたは売却されました。


藩札は6割で銀に交換

『播磨赤穂藩延宝札』
(日本銀行金融研究所貨幣博物館所蔵)

藩の発行する紙幣の藩札は、藩がなくなれば紙くず同然になる危険がありました。赤穂藩の藩札は現在の金額で18億円分ほど発行されており、所有者は交換所に押し掛けて大混乱となりましたが、全額ではないものの、藩のほうに交換の銀の用意があったため、額面の6割という高額な交換率で、藩札を回収することができました。塩の生産で比較的ふところに余裕のあった藩だからこそ、できたことでした。


藩士たちの退職金と最後の給料

藩の財産を売却した代金は、藩士約300名の身分に応じ、割賦金(わっぷきん:退職金)として分配されました。加えて藩の蔵から元禄14年分の給料として米が支給されました。これらの総額は現在の金額で約23億5000万円、一人当たりの平均は700~800万円になります。それでも、浪人となった藩士たちが先行きの見えないまま暮らしていくには、不安な金額だったでしょう。

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