御殿の中では、桃井若狭助(もものいわかさのすけ)が無念を晴らそうと高師直 (こうのもろのう)を待ち受けています。ところが、師直は、若狭助の姿を見付けると恐縮し平伏して詫びました。斬りかかる機会をなくした若狭助は刀を納め、奥の間へ去りました。固唾(かたず)を飲んで成り行きを見守っていた加古川本蔵(かこがわほんぞう)は、これで安心と、次の間へ控えます。
塩谷判官(えんやはんがん)は、師直に、顔世御前(かおよごぜん)からの文箱(ふばこ)を渡します。師直は、顔世からの色よい返歌を期待しましたが、『新古今和歌集(しんこきんわかしゅう)』に収められている邪恋を戒める古歌が納められていました。嫉妬が募り、若狭助に追従した憤懣(ふんまん)までも加わり、そのはけ口を判官に向けます。師直の悪口雑言(あっこうぞうごん)に耐えかね、判官は刀を抜き斬りかかり、とどめを刺そうとしますが、控えていた本蔵が後ろから抱き留めます。師直は逃げ、御殿の中は騒然となります。
※顔世の文に書かれていた歌は「さなきだに重きが上の小夜衣わがつまならぬつまな重ねそ」。そうでなくても夜着は重いものなのに、自分の夜着の褄(つま:着物の襟から下の部分のへり)ではない他人の褄まで重ねて着てはならないという内容でした。これは『新古今和歌集』に収められた人妻と関係してはならないという戒めを説いた歌です。「褄(つま)」に「妻(つま)」をかけて戒めとしています。夜着は、夜寝る時にかける大形の着物のような形の寝具で、厚く綿が入れてあります。もとは「さらぬだに重きが上の小夜衣わがつまならぬつまな重ねそ」ですが、『仮名手本忠臣蔵』では初句を「さなきだに」に改めています。