文楽編 仮名手本忠臣蔵 Kanadehon Chushingura

  • サイトマップ
  • クレジット
  • このサイトについて
  • 索引
  • English
  • 早わかり
  • 背景を知る
  • ひもとく
  • ひろがり
  • よもやま
前のページにもどる

背景を知る 史実から創作へ

史実から創作へ 『仮名手本忠臣蔵』という名の由来

現在では「忠臣蔵」といえば、「赤穂事件」そのものを思い浮かべる人も多いかもしれません。もとは、赤穂事件を描いた劇の題名の一部が、事件自体を示す言葉として一人歩きをするようになったのには、深いわけがありました。

『誠忠義士伝 い 三世沢村宗十郎の大石蔵之助藤原良雄』
3代目歌川豊国 画
四十七士といろは仮名を一文字ずつ書いた浮世絵
(江戸東京博物館所蔵)

「忠臣蔵」という言葉は、史実の「赤穂事件」からストレートに現れた言葉ではありません。寛延元年(1748年)に初演された『仮名手本忠臣蔵』の外題[題名]になってはじめて知られるようになった、作者たちの造語なのです。

「仮名手本」は、江戸時代の寺子屋で使う、文字の読み書きのお手本です。「いろは四十七文字」と「赤穂藩浪人四十七人」が同数であることからの技巧です。また、誰にでもわかりやすく「仮名書き」にしたとの意味も込められています。「手本」を「忠臣」に続けて「忠臣の手本」という意図もあったでしょう。そして大切な物を収納しておく「蔵」の連想から、「忠義の武士がたくさん入っている蔵」=「忠臣蔵」。「蔵」の連想は、劇中では「大星由良助(おおぼしゆらのすけ)」実は、赤穂藩浪人四十七人のリーダー大石内蔵助(おおいしくらのすけ)の暗示にもつながります。このような作者たちの機知と技巧によって「忠臣蔵」は、後世にまで強いオーラを放つ、コードネームとなりました。

コラム 人間の無常、無実のイメージ

いろは歌

仮名を重複させずに使って作られた「いろは歌」は、謎の多い歌として有名です。例えば「いろは歌」を7行の分かち書きにし、末尾の「か」を濁音にし「ず」を清音にすると、「とがなくてしす[咎(とが:罪)無くて死す]」となります。この超絶技巧的「隠し文字」は、近世にはよく知られたものだったようです。

観客は、「仮名手本=いろは歌」から、人間の無常、煩悩からの逃れがたさ、そして無実の死のイメージを、読み取ったのではないでしょうか。

ページの先頭に戻る