文楽編 仮名手本忠臣蔵 Kanadehon Chushingura

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背景を知る 創作とその時代

作品のなりたち 初演から大当たり

数ある先行作品で、すでに扱われていた題材であるにもかかわらず、『仮名手本忠臣蔵』は初演から大当たりを記録しました。その人気は上方でも江戸でも同様で、やがて「芝居の独参湯」との異名をとるまでになりました。


『竹本筑後掾番付集』
仮名手本忠臣蔵 二枚番付
寛延元年(1748年)8月14日初演時の番付
(西尾市岩瀬文庫所蔵)

『仮名手本忠臣蔵』は、寛延元年(1748年)8月14日の初演から、11月中旬まで[閏10月をはさむ:閏月は、太陰太陽暦で、ある月が終わったあとに続いてもう一度同じ月が繰り返される]およそ5か月のロング・ランを記録しました。早くも、12月には、大坂道頓堀中芝居嵐三五郎座で歌舞伎として上演されました。江戸でも、寛延2年(1749年)1月に肥前座で人形浄瑠璃として上演され、大当たりを記録し、2月に森田座で江戸における歌舞伎として初演されました。以降、京、続いて江戸三座[幕府公認の三大歌舞伎劇場。中村・市村・森田]でも相次いでお目見えし、各地でも盛んに上演されました。

江戸落語の中興の祖とされる立川焉馬(たてかわえんば:烏亭焉馬[うていえんば])が、文化8年(1811年)に編纂(へんさん)・出版した『花江戸歌舞妓年代記(はなのえどかぶきねんだいき)』に『仮名手本忠臣蔵』を「芝居の独参湯(どくじんとう)」と記しています。独参湯は、高麗人参を用いた強精薬として知られる漢方薬です。劇場が不入りで興行が瀕死状態の時に、『仮名手本忠臣蔵』は、気つけ薬・蘇生剤として効果がある芝居だという比喩になるほどだったのです。

(注)太陰太陽暦
旧暦の太陰太陽暦では、平年が大小12か月354日。季節とのずれを、太陽の運行によって定めた節気との関係によって調整し、両方の暦が1か月ずれると、同じ月を二度繰り返して1年を13か月とした。この月を閏月と呼び、閏月のある年を閏年といった。閏年は5年に2度、19年に7度の割合でおかれる。

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