文楽編 仮名手本忠臣蔵 Kanadehon Chushingura

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背景を知る 史実とその時代

元禄という時代 幕府の経済政策と庶民のくらし

上方町人や一部の農民の生活水準が上がり、華やかな文化が発達した元禄時代でしたが、幕府の行った経済政策により物価は高騰しました。さらに悪法の影響もあって、庶民は幕府に対する多くの不満を抱えていたようです。

元禄小判(左)・元禄丁銀(右)
(日本銀行金融研究所貨幣博物館所蔵)

元禄時代というと、平和で安定し、華やかな文化が開花した時代、というイメージが強いでしょう。確かに、長く続いた戦乱から解放され、貨幣経済の成長に伴って生活水準が高くなった庶民、特に活力にあふれた京・大坂などの上方町人が文化を担いました。その基盤を、農業の発達と流通の拡大が支え、富裕となった農民も、文化の享受者となりました。しかし、次第に矛盾もあらわになっていきました。

4代将軍・徳川家綱(とくがわいえつな)の時代から、幕府財政は破綻しかけていたといわれています。それに加えて、5代将軍・綱吉(つなよし)が度重なる寺社造営や、幕府と朝廷の関係強化のため朝廷儀式再興の資金援助などを行ったため、財政は困難を極めました。幕府は、勘定奉行・荻原重秀(おぎわらしげひで)の意見により、「貨幣改鋳(かへいかいちゅう)」を行い、見かけ上は経済は活況をみせましたが、インフレを招くことになりました。悪名高い「生類憐みの令(しょうるいあわれみのれい)」も庶民生活に重苦しい影を落としたに違いありません。庶民の多くは物価高と極端な殺生禁止の法令のもとで、不満の多い生活を送っていたようです。

(注)貨幣改鋳
貨幣の品質を下げる政策。これまで流通していた慶長小判の金含有率87% に混ぜ物を入れて含有率57%の元禄金としました。貨幣の水増しを行ったのです。幕府の金蔵は名目上30%も増え、見かけ上経済は活況、実はインフレ、という状況になりました。

(注)生類憐みの令
綱吉が発令した生類の殺傷を禁じるお触れの総称。綱吉が生母・桂昌院(けいしょういん)の尊敬する僧・隆光(りゅうこう)から、後継ぎの子を得たいなら殺生を慎み、生き物を大切にし、特に綱吉が戌年生まれであるので、犬を大切にするように進言されたことが発令の動機です。

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