大衆芸能編 寄席

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浪曲の歴史

新しい時代への模索

テレビの時代になり、実演の場も減少しました。歌手やお笑いに転向する優秀な浪曲師も次々と現れました。平成になり、国本武春(くにもとたけはる)の三味線弾き語りが注目を浴びています。模索が続く中、曲師の育成や独自の発声法の継承などが課題として存在します。

浪曲 弾き語り 国本武春 『ザ・忠臣蔵より 殿中刃傷~田村邸の別れ』

浪曲 弾き語り 国本武春
『ザ・忠臣蔵より 殿中刃傷~田村邸の別れ』

戦後、民放ラジオ局が開局すると、制作費が安くてすむ浪曲は落語とともに重宝がられました。そして再び浪曲の黄金時代が訪れました。

しかしテレビの時代になると、一席の口演に30分ほど必要となる浪曲は敬遠されるようになります。そして実演の場もしだいに減少しました。浪曲師の中には三波春夫(みなみはるお)や村田英雄(むらたひでお)のように演歌歌手に転向する者、4代目宮川左近(みやがわさこん)の宮川左近ショウや吉田駒千代(よしだこまちよ)のフラワーショウ、玉川ゆたか(たまがわゆたか)の玉川カルテットなど、音楽ショーやお笑いショーに転向する者などが現れました。また二葉百合子(ふたばゆりこ)や天津羽衣(あまつはごろも)のように、浪曲と演歌を両立させる者も多数現れました。

平成になって三味線弾き語りで脚光を浴びているのが国本武春です。物語を口演する際、浪曲の節で歌い上げる部分をブルースやロック、バラードなどで歌い上げるという独自の手法を取り、注目されています。

このように模索が続く浪曲界ですが、どうしても欠かせないのが浪曲師とともに口演を作り上げる三味線弾き「曲師」の存在です。その育成をどのようにはかるのか、また浪曲独特の発声法をどのように継承していくのかといった課題が存在しています。

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