大衆芸能編 寄席

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浪曲の歴史

レコード時代

明治後期からはレコードの発達、普及に伴い、浪花節(なにわぶし)は全国津々浦々に浸透していきます。そして都市の芸能として発達した落語や講談とは異なる発展を遂げます。レコード会社の社屋建て直しに貢献した浪曲師も現れました。

2代目吉田奈良丸のSPレコードと『美文講演集』

2代目吉田奈良丸のSPレコードと『美文講演集』

明治40年代に大ブレークした桃中軒雲右衛門(とうちゅうけんくもえもん)や、2代目吉田奈良丸(よしだならまる)の口演は、速記本として売り出されると同時にSPレコードにも収録されました。そしてレコードの普及により、浪花節は全国津々浦々に浸透していきます。浪花節の先行芸能である説経節貝祭文は東北や北関東でもともと盛んでしたし、チョンガレや木魚を叩きながら歌い歩く阿呆陀羅経(あほだらきょう)も全国各地で演じられているものでした。こうした要因から都市の芸能として発達した落語や講談とは異なり、地方の人々にも親しみやすいものとして浪花節が受け入れられたのだと考えられます。

雲右衛門や奈良丸らによる黄金時代は大正初期まで続きますが、大正半ばには世代交代が起こります。そして初代木村重友(きむらしげとも)、東家楽燕(あずまやらくえん)、3代目鼈甲斎虎丸(べっこうさいとらまる)、初代天中軒雲月(てんちゅうけんうんげつ)の四天王を頂点とする第2期黄金時代が到来します。

その後、関東大震災(大正12年[1923年])で被害を受けたレコード会社が、震災前に吹き込んでいた落語由来の浪曲『紺屋高尾(こんやたかお)』を発売したところ、これが爆発的なブームとなり、レコード会社の社屋を建て直すことができたという逸話が残るのが初代篠田実(しのだみのる)です。このようにレコードは浪花節の普及に大きく貢献しました。

説経節(せっきょうぶし)

仏教の教えなどを節にのせて歌う語り物

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貝祭文(かいざいもん)

法螺貝(ほらがい)をメガホン代わりにして錫杖(しゃくじょう)で調子をとりながら歌と語りで描く芸能。デロレン祭文とも

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チョンガレ

野外や戸口で錫杖(しゃくじょう)を振ったり、戸口をたたいたりして、おかしな文句や物語を語る芸

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