大衆芸能編 寄席

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漫才の歴史

祝う芸からのはじまり

新年にめでたい言葉を歌ってその家の繁栄や長寿を祈る万歳は日本各地に広まり、それぞれの地域で継承されました。その中に2人1組で家々を訪れるものがあり、歌舞だけでなく、滑稽(こっけい)な掛け合いや問答で楽しませました。

『初春雪の曙』 北英 画 新春に門付けをする芸人たち。右端の紺色の着物が、万歳の太夫と才蔵

『初春雪の曙』
北英 画
新春に門付けをする芸人たち。右端の紺色の着物が、万歳の太夫と才蔵

万歳は新年にめでたい言葉を歌唱して、家の繁栄と長寿を祈る芸能である「千秋万歳(せんずまんざい)」を略した呼び方だといわれています。祝福芸の万歳は日本各地に広まり、それぞれの地域に根づいて地方色を出しながら継承されました。2人1組で門付け(かどづけ)を行う三河万歳や尾張万歳が有名ですが、尾張万歳には三曲万歳といって鼓、三味線、胡弓(こきゅう)などを使って歌舞伎のパロディーや小咄(こばなし:短い笑い話)、謎掛けなどを行う万歳芝居というべきものもあります。また伊予万歳のように民謡化したものもありますし、瞽女も万歳を歌っています。2人連れの万歳は語り役の「太夫(たゆう)」がめでたい歌を歌って扇を広げて舞い、おどけ役の「才蔵(さいぞう)」が鼓(つづみ)でその伴奏をし、合間に滑稽な言葉を入れました。「笑う門には福来たる」という言葉があるように、日本人は神様に笑いを捧げることが福を招くことにつながると考えていました。ここから万歳は新年をことほぐ芸能から、笑いを主とする芸能に変化していきました。

瞽女(ごぜ)

三味線演奏と歌の芸で生活する、目の不自由な女性芸人

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