大衆芸能編 寄席

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講談の歴史

史実の読み聞かせ

仏教の教えを詳しく解釈し、講義する題材として『平家物語(へいけものがたり)』などの軍記物語も用いられ、そこから軍記読みを専門とする者が現れました。その代表が戦国時代の赤松法印(あかまつほういん)で、講談師の祖といわれます。

『職人尽歌合(七十一番職人歌合)』模本(東京国立博物館所蔵)C0017472

『職人尽歌合(七十一番職人歌合)』模本 琵琶法師
狩野晴川・勝川 画
琵琶を弾きながら平家物語を語る琵琶法師は、講談師の祖と考えられている

講談や講釈は、もとは仏教で使われていた言葉です。特に講釈は、仏教の教えを解釈し講義するという意味で使われていました。この考え方は、講談の世界では近年まで受け継がれ、史実を読み聞かせて観客に知識を授ける「耳学問」としての色合いが、強く残っていたのです。

それまでは貴族階級の信仰だった仏教が、一般大衆へも広まろうとする平安時代末期から鎌倉時代にかけては、戦乱が続き社会の行く末を悲観する末法思想の時代でした。諸行無常(しょぎょうむじょう)と浄土信仰(じょうどしんこう)を説く軍記物語『平家物語』は、布教のためにふさわしい題材でもあったのです。この物語を通して、仏教の教えをやさしく説くために、発声、発音、抑揚など、読み方にもさまざまな工夫がされていきました。この流れの中から生まれたのが、『平家物語』を語った琵琶法師(びわほうし)だったと考えられています。

その後、軍記読みを専門とする僧侶、あるいは本当の僧侶ではないが僧の姿をまねた者が現れます。戦国時代には、彼らの中から大名の御伽衆になる者がいました。そしてその中に南北朝の争乱などを描いた『太平記(たいへいき)』をおもに読む「太平記読み」もいたのです。その代表的な人物が赤松法印だったといわれています。「法印」も僧位の一つですから、彼も僧であったわけです。赤松法印は徳川家康(とくがわいえやす)に、平安時代から鎌倉時代にかけて平家と源氏が栄え、滅ぶ様子を記した軍記物『源平盛衰記(げんぺいせいすいき)』や『太平記』を読み聞かせたとされ、講談師の祖といわれています。

御伽衆(おとぎしゅう)

大名の側近くで書物の講釈や話し相手をする役割の人。多くは学者や僧侶がなる

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