大衆芸能編 寄席

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太神楽の歴史

町角から寄席の舞台へ

幕末の頃、寄席が増えて芸人が足りなくなったため、太神楽も寄席に進出しました。そこでは獅子舞や曲芸のほか、掛け合い噺(かけあいばなし)や茶番も行われ、人気を集めました。

『諸芸一覧寿午禄』部分

『諸芸一覧寿午禄』部分

天保の改革(天保12年〜14年[1841年〜1843年])が挫折して風俗の取り締まりがゆるみ始めると、江戸には急激に寄席が増えました。そのため芸人が足りなくなり、今まで町まわり専門だった太神楽も寄席に進出しました。当時は獅子舞や曲芸だけでなく、掛け合い噺や茶番も演じられました。

掛け合い噺は曲芸を盛り立てるための口上が発達したもので、2人の会話のやりとりの面白さを聞かせました。そのため落語の演目に変化したり、レコードに収録されたりもしています。大正時代に関西から東京に万才が進出してきた時には、掛け合いと名乗らなければ受け入れてもらえなかったという話も残っています。また掛け合い噺は漫才の成立に影響を与えたとも考えられています。

茶番は歌舞伎のパロディーで、幕末から明治にかけて江戸系の太神楽や茶番師がもっぱら演じていました。歌舞伎を実際に見ることができる人が限られていた時代に茶番は庶民に歌舞伎の魅力を伝える働きもしました。

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