大衆芸能編 寄席

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寄席の芸能

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登場人物と庶民の暮らし

落語の登場人物落語の中には現代の感覚では分かりにくい身分の人物が登場します。その代表的なものを紹介します。
大家(おおや)

江戸時代には長屋の管理をした人物を大家、あるいは家主(いえぬし)と呼びました。現在は貸家などの所有者を大家と呼びますが、江戸時代には所有者は地主とか家持ちと呼び、大家は地主などに管理を任される立場でした。長屋の住人から家賃[店賃(たなちん)]を集めたりするほか、町役人として防火防犯の取り締まりをしたり、子供の誕生や婚礼、葬式、奉行所への訴えにかかわったりもしました。

店子(たなこ)

長屋を借りた人を店子と呼びました。店子は長屋の管理者でもあり、町役人でもある大家に公私の隔てなく面倒を見てもらうことが多く、「大家といえば親も同然、店子と言えば子も同然」という言葉も生まれました。また店子はひと月交替で掃きだめの掃除や祝儀・不祝儀の集金などを当番制で行いました。これを「月番(つきばん)」と呼びます。

長屋のおかみさん

江戸時代は電気やガスはなく、今よりも物を大事にしました。長屋のおかみさんの仕事も炊事、洗濯から掃除、着物の繕いものなど今よりもずっと手間がかかりました。しかし落語に登場する長屋のおかみさんは、皆、明るく元気です。隣近所を思いやる気持ちをもち、助け合って生活しています。洗濯は井戸端でしました。そこでいろいろな噂話もしました。これが「井戸端会議」という言葉の由来です。

隠居(いんきょ)

店の主人などが、その仕事を息子などに譲って引退すると、隠居と呼ばれました。落語には、子供たちとは離れて住み、趣味に没頭して気ままに生活をする隠居が多く登場します。また隠居は人生経験が豊富なので町内の人々の相談相手にもなりました。しかし落語には、いい加減な知識をふりかざす隠居も出てきます。

番頭(ばんとう)

昔の商家では店の主人である旦那は店には出ず、番頭にすべてを任せていました。大きな商店では番頭は何人もいて、一番番頭、二番番頭といった序列がありました。一番番頭は大番頭ともいい、店の実権を握っていたので、下の者たちにとても恐れられました。また仕事ぶりが旦那に認められると、のれん分けといって独立することを許され、店の主人に出世することができました。

手代(てだい)

昔の商人は10歳前後から商店で働き始めました。最初は小僧、あるいは丁稚(でっち)と呼ばれ、おもに店の掃除や使い走りなどを命じられました。10代後半になるまで勤め続けると、商品の仕入れや客の応対、集金なども任せられるようになります。これが手代です。

居候(いそうろう)

他人の家に住まわせてもらって食べさせてもらう人のことです。落語には自分の店に出入りする職人の家に住まわせてもらう若旦那が出てきます。

幇間(ほうかん)

酒の席などで客が楽しく過ごせるように、場を盛り上げる仕事をします。客からリクエストがあれば、歌や踊りなどの芸も披露しました。太鼓持ちとも言います。落語には大商店の主人や金持ちなどを客にもつ一流の幇間から「野だいこ」といって特定の客をもたない最下級の幇間まで登場します。

医者(いしゃ)

江戸時代の医学は東洋医学がほとんどでした。その基本は「病は気から」という言葉に表れています。薬に頼るよりも、気持ちが第一と考えました。そのため、患者の気分が晴れるような笑い話をしたりする医師もいました。また現在のような国家試験による免許制ではなく、修行によって、師匠に認められればよかったので、実力の伴わない医師もいました。落語には手妻の道具で患者を喜ばしてごまかす「お太鼓医者」と呼ばれる藪医者も登場します。

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