大衆芸能編 寄席

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演目紹介
源平盛衰記−宇治川の先陣争い−(げんぺいせいすいき−うじがわのせんじんあらそい−)
概要 ジャンル:軍記物
キャプション

「源平盛衰記」は源氏と平家の繁栄から滅亡までを描く、鎌倉時代の軍記物です。

軍記物は、身なりの説明や戦(いくさ)の様子をつづった美しい文章を、声高らかに読み上げる修羅場の名調子が特徴的です。鍛錬された男性的な声が心地よい上に、描かれている光景の美しさや迫力も伝わってきます。この作品では、夜明けの激流の中、馬で勇壮に進んでいく様子が修羅場で語られています。先陣[一番乗り]を佐々木高綱(ささきたかつな)に譲った、梶原景季(かじわらかげすえ)の度量の広さが胸を打ちます。

あらすじ

後白河法皇(ごしらかわほうおう)に、木曽義仲(きそよしなか)を討つように命じられた源頼朝(みなもとのよりとも)は、源義経(みなもとのよしつね)を宇治川に向かわせました。元暦元年(1184年)、正月26日の夜明けのことです。義仲軍は対岸にいて、橋を壊すとともに水中に綱を張り、義経軍が渡れないようにしています。さらに、川を渡ってくる者には次々と矢を射ってきます。その中を平山季重(ひらやますえしげ)に続いて熊谷直実(くまがいなおざね)親子が、かばい合いながら、壊された橋の橋げたを伝わって川を渡り切りました。

川の中を馬で渡るのは困難をきわめました。それでも梶原景季は名馬・磨墨(するすみ)に、佐々木高綱も名馬・生月(いけづき:生食、生唼、池月とも)に乗り、雪解け水で水かさが増して激流渦巻く川を渡り始めました。高綱は先を行く景季に「馬の腹帯が緩んでいる」と呼び掛け、景季がそれを直している間に景季を追い抜きました。景季は自分を出し抜いた高綱に、敵側の水中には綱が幾重にも張られているので注意をするようにと告げ、高綱は大刀で綱を切りさきながら一番乗りを果たします。

注釈:演者によって演出、物語の運びに異同がある場合があります。

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