歌舞伎編「黙阿弥」

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TOP > 取り巻く人々 > 幕内(4代目清元延寿太夫)
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取り巻く人々

幕内 4代目清元延寿太夫(天保3年[1832年]~明治37年[1904年])

2代目歌川国貞画
右端に4代目清元延寿太夫の姿
4代目清元延寿太夫が黙阿弥に贈った英国製八角時計(河竹家寄贈により国立劇場蔵)
黙阿弥に贈った英国製八角時計
(河竹家寄贈により国立劇場蔵)

 江戸谷中(やなか)の質屋三河屋の子として生まれました。もとの名は斎藤源之助(さいとうげんのすけ)。2代目延寿太夫の娘お葉(およう)と結婚し、安政5年(1858年)4代目清元延寿太夫を襲名。明治24年(1891年)2代目清元太兵衛(きよもとたへえ)、その2年後に延寿翁(えんじゅおう)と名乗りました。三味線方(しゃみせんかた:伴奏)は4代目清元斎兵衛(きよもとさいべえ)や娘婿の2代目清元梅吉(きよもとうめきち)がつとめました。妻のお葉もすぐれた演奏家・作曲家として多くの作品を残しています。美声で知られ、清元の語り方を上品にあらためた5代目延寿太夫は養子です。

黙阿弥との関わり

 黙阿弥は4代目延寿太夫のために100曲以上の作品を作詞したと伝えられます。その中には当時の流行歌である端唄(はうた)、小唄(こうた)、うた沢(うたざわ)を効果的に取り入れたり、場面の進行とつかず離れずの内容の曲を演奏しながら場面の雰囲気を盛り上げる他所事浄瑠璃(よそごとじょうるり)をいっそう洗練させた形で使用するなど、さまざまの趣向(しゅこう)がこらされました。曲によっては舞台から独立した音楽として演奏会で演奏されているものもあります。『黒手組曲輪達引(くろてぐみくるわのたてひき)』(安政5年[1858年])の『忍岡恋曲者(しのぶがおかこいはくせもの)』、『小袖曽我薊色縫(こそでそがあざみのいろぬい)』(安政6年[1859年])の『梅柳中宵月(うめやなぎなかもよいづき)』、『天衣紛上野初花(くもにまごううえののはつはな)』(明治14年[1881年])の『忍逢春雪解(しのびあうはるのゆきどけ)』などは、はじめ劇中で使用され、現在もさまざまなかたちで親しまれる清元の名曲です。

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