歌舞伎編「黙阿弥」

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TOP > 作品の特色 > 高い音楽性と美術性(音楽の積極的な活用)
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作品の特色

高い音楽性と美術性

七五調の流麗なセリフ

音楽の積極的な活用

動く錦絵

3代目歌川豊国画
『夜鶴姿泡雪』文里を演じる4代目市川小團次(右)

 黙阿弥作品は、清元(きよもと)・常磐津(ときわず)・富本(とみもと)・長唄(ながうた)など諸浄瑠璃が多用され、また、浄瑠璃所作事(じょうるりしょさごと)も多く書かれて音楽性の豊かさでも知られています。その音楽性の高さがよく表われている作品のひとつに『三人吉三廓初買(さんにんきちさくるわのはつがい)』があります。文里(ぶんり)と一重(ひとえ)の切ない別れを描く、「丁字屋別荘(ちょうじやべっそう)の場」では花園浄瑠璃(はなぞのじょうるり)『夜鶴姿泡雪(よるのつるすがたのあわゆき)』を用いて哀愁を演出しました。また、3人の吉三が差し違えて死ぬ大切(おおぎり)では、清元と竹本(たけもと:歌舞伎で使用する義太夫節)の掛け合い浄瑠璃『初櫓噂高嶋(はつやぐらうわさのたかしま)』[高嶋は小團次の屋号にちなむ]を入れて重要な結末部分を盛り上げました。一作品の中にも多種の浄瑠璃を場面ごとに用いることで、叙情性に富んだ、彩りの豊かな作品に仕上げているのです。
 提携した上方出身の4代目市川小團次(いちかわこだんじ)がチョボ[竹本]を多用した芝居に慣れていたため、小團次にあわせてト書チョボを多く入れた脚本を書いたのも、黙阿弥が音楽で効果的に演出する作品を書くことになった一因といえます。『月宴升毬栗(つきのえんますのいがぐり)』では軽い調子のために舞台音楽に不向きとされた歌[うた]沢を初めて劇場音楽に導入する試みにも挑みました。音楽の積極的な活用が黙阿弥作品の大いなる特色となっているのです。

用語解説

【清元(節)】
 初代清元延寿太夫(きよもとえんじゅだゆう)が富本節から独立して開いた浄瑠璃の一派です。歌舞伎舞踊の伴奏や「出語り(でがたり)」と呼ばれる舞台上での演奏で「他所事浄瑠璃(よそごとじょうるり)」[近所などから聴こえる設定]の演出を盛り上げたりします。三味線は中棹(ちゅうざお)を用いて、高音域で情緒豊かに語るのを特色としています。

【常磐津(節)】
 宮古路豊後掾(みやこじぶんごのじょう)が創始し、人気を得た「豊後節(ぶんごぶし)」から派生した浄瑠璃の一派です。豊後掾の作品に心中物が多く、風紀を乱すという理由で幕府から江戸を退去させられ、弟子の文字太夫(もじたゆう)が常磐津節を創始しました。三味線は清元と同じ中棹を用いますが、曲調はゆったりとした重厚さを特色とします。

【富本(節)】
 初代常磐津文字太夫(ときわずもじたゆう)の門人小文字太夫(こもじだゆう)が富本豊前掾(とみもとぶぜんのじょう)を名乗って開いた江戸浄瑠璃の一派です。後にここから清元節が生まれました。安永・天明期(1772年~1789年)がその全盛でした。曲調は常磐津より派手で濃艶なのを特色しました。歌舞伎の舞台音楽として、また良家の子女の習い事としても流行しました。清元があらわれると、入れ替わるように衰退しました。

【長唄(節)】
 歌舞伎舞踊の伴奏音楽として発生し、享保期(1716年~1736年)末期から宝暦期(1751年~1764年)にかけて発展し、その曲調の賑やかさと節の優美さで女方舞踊の創造に貢献しました。三味線音楽の中でも唄を中心とした「歌いもの」と分類されます。三味線は細棹(ほそざお)を使い、高く繊細な音色を奏でます。笛や太鼓などのお囃子(おはやし)も入れた曲もあります。

【竹本】
 歌舞伎で演奏される義太夫節(ぎだゆうぶし)です。もともとは竹本義太夫(たけもとぎだゆう)が創始した、人形浄瑠璃(にんぎょうじょうるり:近代以降[文楽(ぶんらく)])の語りでしたが、人形浄瑠璃[文楽]の作品を歌舞伎に移した「義太夫狂言(ぎだゆうきょうげん)」が上演されるようになったきっかけで歌舞伎でも演奏されるようになりました。歌舞伎の場合、登場人物のセリフは役者が語りますから、竹本は主として情景描写をその役割としています。語りは役者と呼吸を合わせ、その演技を引き立てる技術を求められ、重要な演出効果となります。

【花園浄瑠璃】
 万延元年(1860年)、江戸の歌舞伎舞台で新内語りとして活躍していた吾妻路富士太夫(あづまじふじたゆう)が花園宇治太夫(はなぞのうじたゆう)を名乗って創始した新内節の一派が花園節です。『夜鶴姿泡雪(よるのつるすがたのあわゆき)』は代表的名曲です。

【ト書チョボ】
 ト書は脚本中で、「ト」で書きはじまることで、役者[役・登場人物]の衣裳や所作について、また舞台の様子についての指示として書かれる部分。そのうち、役者の動きに合わせてつけられた竹本音楽の俗称をチョボといい、ト書にそれが書かれたものをト書チョボといいます。

【歌(うた)沢】
 旗本の隠居・笹本彦太郎(ささもとひこたろう:彦丸[ひこまる])が安政4年(1857年)に嵯峨御所から歌沢大和大掾(うたざわやまとのだいじょう)の名を受けて創始した俗曲の一流です。嘉永・安政頃(1848年~1860年)に流行っていた端唄(はうた)を主に他の音曲を加味し、ゆったりと伸ばした歌い方を特徴とし、中棹三味線を用います。寅派[歌沢]と芝派[哥沢]があり、両派を併せてよぶときは「うた沢」と書きます。

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