歌舞伎編「黙阿弥」

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作品の紹介

黙阿弥作品辞典

ここでは、黙阿弥が残した数々の作品の概要を知ることができます。※「代表作品」で詳しく解説している作品も掲載しております
もくじ
江戸期の作品
明治期の作品

升鯉滝白旗(のぼりごいたきのしらはた) 通称「閻魔小兵衛(えんまこへえ)」

【初演年】嘉永4年(1851年)11月 【初演座】河原崎座 【ジャンル】世話物

3代目歌川豊国画
『升鯉滝白旗』
(左)若草に扮する3代目岩井粂三郎
(右)伊之助に扮する8代目市川團十郎

 黙阿弥36歳のときの作品です。
 初演は、市川海老蔵(いちかわえびぞう、のちの7代目市川團十郎[いちかわだんじゅうろう])が仏師・閻魔の小兵衛(ぶっし・えんまのこへえ)、8代目市川團十郎(いちかわだんじゅうろう)が船頭(せんどう)で若い恋人の伊之助(いのすけ)、3代目岩井粂三郎(いわいくめさぶろう、のちの8代目岩井半四郎[いわいはんしろう])が遊女・若草(わかくさ)に扮しました。
 向島の平岩河岸(ひらいわがし)に、平重衡(たいらのしげひら)と呉羽の前(くれはのまえ)が落ち延びてきましたが、仏師・小兵衛に百両と系図を奪われます。駆け落ちをした遊女・若草と船頭・伊之助、小兵衛、ちょうど通りかかった修行者・西念(しゅぎょうしゃ・さいねん)の4名が暗闇で探りあい、百両は伊之助、系図は西念の手に渡ります。向島の小兵衛と西念の家は隣同士ですが、仏師・小兵衛の家には閻魔像が置かれ、修行者・西念の家には阿弥陀如来像(あみだにょらいぞう)と極楽の絵が飾られ、まるで地獄極楽の様相です。若草と伊之助が西念に匿(かくま)われていることを知り、小兵衛は伊之助から百両をゆすったうえ若草をさらいます。しかし小兵衛が平家の家臣で、若草と伊之助は娘と息子とわかります。近親相姦に落ちた若草と伊之助は重衡と呉羽の前の身替り首となり、小兵衛は自害をします。
 本作の構想は、黙阿弥が亀戸の仏師屋(ぶっしや)を訪ねた際の見聞に基づくと伝えられています。
 見どころは、年の瀬の節分(せつぶん)の日の江戸の裏長屋(うらながや)の描写で、下層社会を写すことを得意とした黙阿弥の個性がすでにみられます。小兵衛の家で仮死状態(かしじょうたい)から蘇生(そせい)した番頭(ばんとう)が、本当の地獄に来たと思い込んだことから始まるひと騒動は実にユーモラスで、黙阿弥の喜劇の才能と、現実世界を地獄に見立てるシニカルな視点がうかがえます。近親相姦に落ちた兄妹をその父親が殺害するという設定は、『三人吉三廓初買(さんにんきちさくるわのはつがい)』(安政7 年[1860 年])のおとせ十三郎(じゅうざぶろう)の原型となります。のちの世話狂言に見られる、唄うように流麗(りゅうれい)なセリフはみられませんが、黙阿弥が作風を確立する以前の重要な作品です。

児雷也豪傑譚話(じらいやごうけつものがたり) 通称「児雷也(じらいや)」

【初演年】嘉永5年(1852年)7月 【初演座】河原崎座 【ジャンル】時代物

3代目歌川豊国画
『児雷也豪傑譚話』
(左)田毎姫実は照田に扮する
3代目岩井粂三郎
(右)比企の蔵人実は児雷也に扮する
8代目市川團十郎

 黙阿弥37歳のときの作品です。
 初演は、8代目市川團十郎(いちかわだんじゅうろう)が児雷也(じらいや)、2代目市川九蔵(いちかわくぞう、のちの6代目市川團蔵[いちかわだんぞう])が仙素道人(せんそどうじん)と盗賊夜叉五郎(やしゃごろう)と富貴太郎(ふきたろう)の3役、3代目嵐璃寛(あらしりかん)が高砂勇美之助(たかさごゆみのすけ)、3代目岩井粂三郎(いわいくめさぶろう、のちの8代目岩井半四郎[いわいはんしろう])が妖婦・越路(ようふ・こしじ)と傾城あやめ(けいせいあやめ)と照田(てるた)の3役に扮しました。
 本作は天保10年(1839年)から明治元年(1868年)にかけて刊行された合巻(ごうかん)『児雷也豪傑譚(じらいやごうけつものがたり)』を脚色した作品です。作者のひとり柳下亭種員(りゅうかていたねかず)と黙阿弥には親交があり、黙阿弥が小説を脚色した最初の作でもあります。妖術(ようじゅつ)を扱う主人公・児雷也が活躍するスペクタクル小説として当時人気のあった合巻の劇化、また、児雷也をやはり当時人気随一だった8代目團十郎が演じるとあって好評を博し、安政2年(1855年)5月にはその続編となる『児雷也後編譚話(じらいやごにちものがたり)』が上演されました。
 妙香山(みょうこうざん)の山中で、児雷也は仙素道人から蝦蟇(がま)の妖術を授けられます。一方、越後熊手屋で富貴太郎は女に溺れて金を使い、児雷也の回文状を偶然持っていたため嫌疑をかけられ八鎌鹿六(やかましかろく)に捕われました。冨貴太郎は、児雷也とは信州更科郡鼠の宿の同郷で、以前に強盗から命を助けてくれた恩から罪を引き受ける覚悟でいましが、巫子(みこ)に化けた児雷也が鹿六から2千両を奪った上、富貴太郎をつれて鷲に乗って飛び去りました。
 児雷也が師の仇(かたき)の大蛇退治に挑むところへ、盗賊夜叉五郎と高砂勇美之助が現れ、藤橋の上で三すくみとなる「藤橋のだんまり」の場が見どころとなっています。「だんまり」とは、人気(ひとけ)のない街道や海辺で主要登場人物が、暗闇のなかを手探り状態で重宝を奪い争う等の様子を見せる場面です。無言[だんまり]で様式的な動きを見せる、歌舞伎独特の表現のひとつで、黙阿弥作品では、ほかに『青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)』の「神輿ケ嶽(みこしがたけ)のだんまり」も有名です。
※台本は『黙阿弥全集』21巻に収録されています。

都鳥廓白浪(みやこどりながれのしらなみ) 通称「忍ぶの惣太(しのぶのそうだ)」「桜餅(さくらもち)」

【初演年】安政元年(1854年)3月 【初演座】河原崎座 【ジャンル】世話物

4代目市川小團次のために何度も書き直した黙阿弥の出世作で、幕末の歌舞伎らしい爛熟した美しさと作者の機知が堪能できる作品です。

蔦紅葉宇都谷峠(つたもみじうつのやとうげ) 通称「文弥殺し(ぶんやごろし)」

【初演年】安政3年(1856年)9月 【初演座】市村座 【ジャンル】世話物

3代目歌川豊国画
初演時配役で描かれた、
安政4年(1857年)版行の見立絵
(左)提婆の仁三に扮する
4代目市川小團次
(右)伊丹屋重兵衛に扮する
初代坂東亀蔵

 黙阿弥41歳のときの作品です。
 初演は、4代目市川小團次(いちかわこだんじ)が盲目の按摩・文弥(あんま・ぶんや)と提婆の仁三(だいばのにさ)の2役、坂東亀蔵(ばんどうかめぞう)が居酒屋の亭主・伊丹屋十兵衛(いたみやじゅうべえ)に扮しました。
 盲目の按摩・文弥は、姉のお菊(おきく、のちに遊女・古今[こきん])が吉原に身を沈めてつくってくれた百両を持って、京都で座頭の官位を取るため東海道を上ります。途中、鞠子の宿(まりこのしゅく:東海道五十三次の宿場)で相部屋に泊った文弥は、護摩の灰(ごまのはい:旅人をだまして金品を巻き上げる泥棒)・提婆の仁三に百両を狙われますが、危ないところを居酒屋の亭主・十兵衛に救われます。
 翌朝早く、十兵衛はこわがる文弥を宇都谷峠まで送り、文弥を殺してその金を奪います。もとは佐々木の家臣・尾花家(おばなけ)の若党(わかとう)だった十兵衛は、主家・佐々木家を救うために金策に走っていたのでした。文弥を追ってきた仁三はその現場を目撃し、証拠の煙草入れを拾います。
 その後、江戸に戻った十兵衛は、女房とともに文弥の亡霊に苦しめられることになります。そこへ仁三がやってきて、煙草入れをネタに十兵衛をゆすります。十兵衛は仁三を鈴ヶ森まで連れ出して殺し、自分も切腹して果てます。
 この作品は、黙阿弥と4代目市川小團次との提携が確立されたもので、小團次は文弥と仁三の2役を演じています。極端な善悪の2役を演じ分けることは、小團次と提携した黙阿弥作品に見られる特徴となり、特に「鞠子宿藤屋(まりこのじゅくふじや)の場」とこれに続く「宇都谷峠文弥殺し(うつのやとうげぶんやころし)の場」で、この2役を早替り(はやがわり)で演じるところが見せ場となっています。また、「鞠子宿藤屋合宿(まりこのじゅくふじやあいやど)の場」は、滑稽(こっけい)なお国ばなしのやり取りから、仁三が文弥の金をねらう緊迫した場面への移りが鮮やかです。

鼠小紋東君新形(ねずみこもんはるのしんがた) 通称「鼠小僧(ねずみこぞう)」

【初演年】安政4年(1857年)1月 【初演座】市村座 【ジャンル】世話物

3代目歌川豊国画
『鼠小紋東君新形』
稲葉小僧に扮する
4代目市川小團次

 黙阿弥42歳のときの作品です。
 初演は、4代目市川小團次(いちかわこだんじ)が盗賊・稲葉幸蔵(いなばこうぞう)、13代目市村羽左衛門(いちむらうざえもん、のちの5代目尾上菊五郎[おのえきくごろう]、14歳)が蜆売り三吉(しじみうりさんきち)を演じて評判となりました。
 この作品の題材は、天保3年(1832年)に獄門(ごくもん)に処せられた実在の盗賊・鼠小僧(ねずみこぞう)です。幕末に2代目松林伯円(しょうりんはくえん)が講釈(こうしゃく:近代以降[講談(こうだん)])にして人気を博し、これをもとに黙阿弥が芝居にしました。近い時代の犯罪者であるため、奉行所(ぶぎょうしょ)をはばかり、鼠小僧ではなく天明期(1781年~1788年)の盗賊・稲葉小僧(いなばこぞう:作中では稲葉幸蔵)の名を使っています。
 金を騙し取られて心中をしようとしている男女を、稲葉幸蔵は大名屋敷から盗んだ金を授けて助けます。しかし、ふたりばかりか屋敷の辻番をしていた実父と弟にも盗みの疑いがかかり、彼らは獄舎(ごくしゃ)につながれます。幸蔵は生き別れた妻子とひとときの対面を果たしたのち、自首をします。
 この物語には、ふたつの特色があります。第1は稲葉幸蔵こと鼠小僧を軸にして、登場人物のいずれもが何らかの形でつながっている点です。それらの人物の関わり合いから生まれる義理と人情の機微(きび)が見どころとなります。第2は幸蔵のキャラクターです。幸蔵は庚申(こうしん)生まれの者は盗賊になるという俗信(ぞくしん)から、生まれてすぐに捨てられました。そして盗賊となって実父と再会しますが、その身を恥じて名乗ることができません。庶民(しょみん)の味方として有名な盗賊をモデルとしながら、英雄ではなく、親子関係に苦悩する等身大の人として造形した点に新しさがありました。
 初演は小團次の熱演もあって、100日も興行が続く大当りをとり、黙阿弥は一躍時代を代表する人気作者となります。健気な蜆売り(しじみうり)の少年を演じて評判となった菊五郎は、明治期(1868年~1912年)には稲葉幸蔵を演じ、当り役のひとつとしました。
 その後は、大正14年(1925年)に6代目尾上菊五郎が演じたのを最後に大劇場では上演が途絶えていましたが、7代目尾上菊五郎が平成5年(1993年)3月国立劇場で復活上演を果たしました。

網模様燈籠菊桐(あみもようとうろのきくきり) 通称「小猿七之助(こざるしちのすけ)」

【初演年】安政4年(1857 年)7月 【初演座】市村座 【ジャンル】世話物

3代目歌川豊国画
『網模様燈籠菊桐』
(左)中万字屋弥兵衛に扮する4代目市川小團次
(中)稲木新之丞に扮する5代目坂東彦三郎
(右)中万字屋玉菊に扮する4代目尾上菊五郎

 黙阿弥42歳のときの作品です。
 初演は、4代目市川小團次(いちかわこだんじ)が小猿七之助(こざるしちのすけ)と中万字屋弥兵衛(なかまんじややへえ)、坂東亀蔵(ばんどうかめぞう)が漁師の七五郎(しちごろう)、5代目坂東彦三郎(ばんどうひこざぶろう)が手代・与四郎(てだい・よしろう)、4代目尾上菊五郎(おのえきくごろう)が奥女中・滝川(おくじょちゅう・たきがわ)に扮しました。
 漁師の七五郎は商家の手代・与四郎から70両の大金を盗み、そのため与四郎は永代橋(えいたいばし)から身投げをします。ちょうど同じころ、七五郎の息子でばくち打ちの小猿七之助は、永代橋で奥女中の滝川に一目ぼれします。中間に身をやつした七之助は、雷の夜に介抱にかこつけて滝川に言い寄り、思いを遂げます。滝川は七之助に身を任せる決心をし、下層の切見世(きりみせ)女郎にまで身を落とします。父・七五郎が与四郎の祟り(たたり)で大病を患い(わずらい)、妹のお波(おなみ)も失明して按摩となっていることを知った七之助は、隣部屋の客だった小坊主の教真(きょうしん)を殺して金を奪いますが、教真は実は滝川の実弟で、与四郎は滝川の許嫁(いいなずけ)でした。これを知った七之助は、一旦は改心して出家しようとしますが、やはり悪の道から抜け出せず、結局は召し捕られてしまいます。
 この作品は、黙阿弥が小團次と本格的に提携し、上り坂を迎えた時期のもので、原拠は乾坤坊良斎(けんこんぼうりょうさい)という講釈師(こうしゃくし:近代以降[講談師(こうだんし)])が作った講釈[講談]『網打七五郎(あみうちしちごろう)』です。講釈[講談]では、主人公の小猿七之助の父・七五郎(しちごろう)をめぐる因果話(いんがばなし)が中心でしたが、黙阿弥作では七之助と奥女中・滝川の情話をからめて情緒を盛り上げる一方で、下級の遊女が勤める切見世や、漁師の貧しい暮らしの場などを写実的に描いて評判となりました。
 初演時は、吉原の伝説的な遊女・玉菊(たまぎく)の物語と一緒に上演されましたが、再演以降は小猿七之助の筋だけで上演されています。

魁駒松梅桜曙微(いちばんのりめいきのさしもの) 通称「紅皿欠皿(べにざらかけざら)」

【初演年】慶応元年(1865年)3月 【初演座】守田座 【ジャンル】世話物

落合芳幾画
『魁駒松梅桜曙微』
(左)欠皿に扮する3代目澤村田之助
(右)天目須之助に扮する4代目中村芝翫

 黙阿弥50歳のときの作品です。
 初演は、幕末の名女方(おんながた)と呼ばれた3代目澤村田之助(さわむらたのすけ)が折檻(せっかん)される美女・欠皿(かけざら)こと楓姫(かえでひめ)に扮しました。のちに『月欠皿恋路宵闇(つきのかけざらこいじのよいやみ)』の名題で定着します。
 里見家(さとみけ)の家臣・継橋素太夫(つぎはしそだゆう)の娘・楓姫は、継母・片もひ(ままはは・かたもひ)にいじめられ、連れ娘の紅皿(べにざら)に対して欠皿と呼ばれています。お家の重宝を詮議する素太夫は、重宝を奪った悪人の実は片もひの子・天目須之助(てんもくすのすけ)に殺されます。恋人との逢引きを嫉妬された欠皿は、片もひに散々に折檻(せっかん)されます。助け出された欠皿は最後には片もひを縄にかけ、欠皿が信仰する芝山仁王尊(しばやまにおうそん)の神力を得て須之助を討ち、重宝を取り戻します。
   この作品は、文化12年(1815年)刊の曲亭馬琴(きょくていばきん)作の読本(よみほん)『皿皿郷談(べいべいきょうだん)』から、「紅皿欠皿(べにざらかけざら)」のくだりを黙阿弥が脚色したものです。作品の眼目は欠皿に対する責め場で、高々と縛り上げられた欠皿が、割竹(わりたけ)で打たれ、束にした針で刺され、胸に蛇を入れられます。歌舞伎において、責め場は古くから重要な局面でした。時代が下るとより直接的な表現を舞台で見せるようになり、その惨忍(ざんにん)度が増しました。欠皿への折檻は、黙阿弥が描く惨忍な責め場の極みです。
 上演中に責め場で綱が切れ、田之助は舞台に落下して釘(くぎ)を踏みます。患部(かんぶ)を紅絹(もみ)で包んで欠皿を勤め、これが色っぽいと評判になりました。やがてこの怪我が悪化し、田之助は脱疽(だっそ:壊疽[えそ])のために両足を切断することになるのです。
※台本は『黙阿弥全集』22巻に収録されています。

黒手組曲輪達引(くろてぐみくるわのたてひき) 通称「黒手組の助六(くろてぐみのすけろく)」

【初演年】安政5年(1858年)3月 【初演座】市村座 【ジャンル】世話物

3代目歌川国貞画
再演時の『黒手組の助六』
(左)三浦屋揚巻に扮する4代目中村福助
(中)黒手組助六に扮する5代目尾上菊五郎
(右)鳥居進左衛門に扮する9代目市川團十郎

 黙阿弥43歳のときの作品です。
 初演は、『江戸桜清水清玄(えどざくらきよみずせいげん)』の名題で清玄桜姫の二番目狂言として上演されました。助六はもともと歌舞伎十八番『助六』のヒーローですが、この作品では4代目市川小團次(いちかわこだんじ)の柄(がら)に合わないため、黙阿弥が小團次の柄や芸風に合わせて世話狂言に書き直しました。現在は、黒手組の助六関係の筋だけが独立して上演されます。4代目市川小團次が助六(すけろく)、3代目関三十郎(せきさんじゅうろう)が新兵衛(しんべえ)に扮しました。
 白酒(しろざけ)売りの新兵衛は、年貢の未進(みしん:未納)と女房の病気から、娘・お巻(おまき、のちの揚巻[あげまき])を吉原に売ったその帰り、身代金70両を巾着切り(きんちゃくぎり:スリ)の牛若伝次(うしわかでんじ)に奪われ、これを助けようとした戸沢助之進(とざわすけのしん)も鳥井新左衛門(とりいしんざえもん)に斬られ、結城家の重宝北辰丸(ほくしんまる)を奪われてしまいます。(発端)
 その後、牛若伝次は恋人の白玉(しらたま)と組んで、近江屋(おうみや)の番頭・権九郎(ごんくろう)から極印(こくいん)のついた50両を奪い、伝次が白酒の桶に隠した金は、新兵衛の手に渡ります。(序幕)
 一方、助之進の息子・助六は浪人となり、父の敵(かたき)を探して吉原に通います。鳥井の弟子たちから狼藉(ろうぜき:乱暴なふるまい)を受ける新兵衛を救ってやったことから、恋人・揚巻が新兵衛の娘・お巻であることを知った助六は鳥井と対立しますが、紀伊国屋文左衛門(きのくにやぶんざえもん)にいさめられ、鳥井の打擲(ちょうちゃく:打ちすえること)に耐えます。(2幕目)
 文左衛門は揚巻を身請け(みうけ)してやり、助六はお巻と所帯を持ちますが、近江屋の極印のある50両を持っていたため、助六は盗賊の疑いをかけられます。助六はお巻を離縁し、新兵衛をかばって縄に掛かります。(3幕目)
 ここまでが初演の筋ですが、このあと黙阿弥は4幕目「問注所(もんちゅうじょ)の場」と5幕目「小塚原敵討(こづかっぱらかたきうち)の場」を書き加えたようです。問注所では、助六は一旦死罪を宣告されますが、牛若伝次が自首して、鳥井の悪業が明らかになります。放免された助六は、小塚原で鳥井を討ちます。
 現在は序幕から「忍ヶ岡道行(しのぶがおか)の場」、2幕目から「新吉原仲の町(しんよしわらなかのちょう)の場」、「三浦屋格子先(みうらやこうしさき)の場」を出し、これに5幕目を省略した「仕返し(しかえし)の場」を加えた計4場面が上演されます。

小袖曾我薊色縫(こそでそがあざみのいろぬい) 通称「十六夜清心(いざよいせいしん)」

【初演年】安政6年(1859年)2月 【初演座】市村座 【ジャンル】世話物

女犯の破戒僧清心が、遊女十六夜と心中未遂の末に心機一転、盗賊に身を落としていく様と人間の因果を描いた作品です。

三人吉三廓初買(さんにんきちさくるわのはつがい) 通称「三人吉三(さんにんきちさ)」

【初演年】安政7年(1860年)1月 【初演座】市村座 【ジャンル】世話物

3人の盗賊を中心に、彼らを取り巻く者たちの複雑な人間関係を描く物語性の高い白浪狂言。黙阿弥自身が会心の作と評した作品です。

加賀見山再岩藤(かがみやまごにちのいわふじ) 通称「骨寄せの岩藤(こつよせのいわふじ)」

【初演年】万延元年(1860年)3月 【初演座】市村座 【ジャンル】時代物

岩藤の宙乗り
「花の山の場」

 黙阿弥45歳のときの作品です。
 初演は、4代目市川小團次(いちかわこだんじ)が岩藤(いわふじ)の亡霊と鳥井又助(とりいまたすけ)の2役を勤め、岩藤の骨が寄り集まって蘇生(そせい)する通称「骨寄せ」の場面や、宙乗り(ちゅうのり)の演出など、得意のケレン芸を発揮して見物を魅了しました。また、のちに5代目尾上菊五郎(おのえきくごろう)が継承して、本作を家の芸として何度か上演しました。
 『鏡山旧錦絵(かがみやまこきょうのにしきえ)』の後日譚(ごじつたん)であり、4代目鶴屋南北(つるやなんぼく)の『梅柳若葉加賀染(うめやなぎわかばのかがぞめ)』の改作です。
 多賀大領(たがのたいりょう)の側室・お柳の方(おりゅうのかた)は実は夫の望月弾正(源蔵)(もちづきだんじょう[げんぞう])と御家横領を企てます。弾正は花房求女(はなぶさもとめ)の家来・鳥井又助にお柳暗殺を命じますが、又助は誤って正室・梅の方(うめのかた)を殺害し、申し訳なく思い自害します。今は二代尾上(にだいおのえ)となったお初(おはつ)が召使時の姿で尾上[お初が仕えた多賀家の中老で御家横領の企てを知り、草履で打たれるなど卑劣ないじめを苦に自死]の一周忌をすませた帰り、骨が寄って岩藤の亡霊[御家横領を企て、同じく1年前に討たれた多賀家の局]があらわれ、そして一転、花の山の上空を美しい姿に変じた岩藤が日傘をさして宙乗りで飛んでいくのです。病に苦しむ花園姫(はなぞのひめ)の病気平癒(へいゆ:回復すること)の願文を、岩藤の亡霊が呪詛文(じゅそぶん:呪うこと)と言い立てますが、朝日の弥陀の尊像を出すと消えてしまいます。一方、悪事が知れた弾正は切腹します。
※台本は『黙阿弥全集』21巻に収録されています。

八幡祭小望月賑(はちまんまつりよみやのにぎわい) 通称「縮屋新助(ちぢみやしんすけ)」「美代吉殺し(みよきちごろし)」

【初演年】万延元年(1860年)7月 【初演座】市村座 【ジャンル】世話物

美代吉を殺す新助
「洲崎土手殺しの場」

 黙阿弥45歳のときの作品です。
 初演は、4代目市川小團次(いちかわこだんじ)が縮売(屋)新助(ちぢみうり[や]しんすけ)、3代目関三十郎(せきさんじゅうろう)が赤間源左衛門(あかまげんざえもん)、3代目岩井粂三郎(いわいくめさぶろう、のちの8代目岩井半四郎[いわいはんしろう])が芸者・美代吉(みよきち)、初代河原崎権十郎(かわらさきごんじゅうろう、のちの9代目市川團十郎[いちかわだんじゅうろう])が穂積新三郎(ほづみしんざぶろう)に扮しました。
 本作は、文化4年(1807年)に深川八幡祭の時に人出の多さのために永代橋が落ちた事件と、文政期(1818年~1830年)のはじめに本郷の呉服屋が深川の芸者を殺した事件をもとに書かれており、黙阿弥の初期における傑作と評されます。そして、黙阿弥の弟子・3代目河竹新七の『籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)』や池田大伍(いけだだいご)の『名月八幡祭(めいげつはちまんまつり)』の成立にも影響を与えました。
 深川芸者・美代吉と穂積新三郎は恋仲。腕に彫った「新」の字について、酔った赤間源左衛門に責められるところを、越後の縮売り(ちぢみうり:縮織りを売り歩く行商)・新助が助けます。翌日、祭礼の人出の多さに永代橋(えいたいばし)が落ち、船で通りがかった新助が橋から落ちた美代吉を再び助けます。「嘘から出たまこと」で惚れた美代吉は、救命の義理から新助に添う気になりますが、新三郎から縁切りをされた絶望に、酔って新助に愛想づかしをします。逆上した新助は、妖刀村正(ようとうむらまさ)で美代吉と多くの人を殺し、その後に美代吉が実の妹とわかるのでした。

青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ) 通称「白浪五人男(しらなみごにんおとこ)」「弁天小僧(べんてんこぞう)」

【初演年】文久2年(1862年)3月 【初演座】市村座 【ジャンル】世話物

盗賊「白浪五人男」の因果を描いた作品で、儚い宿命に翻弄される人間の姿を捉えた、黙阿弥の代表作です。

勧善懲悪覗機関(かんぜんちょうあくのぞきがらくり) 通称「村井長庵(むらいちょうあん)」「小夜衣千太郎(さよぎぬせんたろう)」

【初演年】文久2年(1862年)閏8月 【初演座】守田座 【ジャンル】世話物

重兵衛を殺す長庵
「赤羽根橋重兵衛殺しの場」

 黙阿弥47歳のときの作品です。
 初演は、4代目市川小團次(いちかわこだんじ)が村井長庵(むらいちょうあん)と伊勢屋の手代・久八(きゅうはち)の2役、中村鶴蔵(なかむらつるぞう、のちの3代目中村仲蔵[なかむらなかぞう])が早乗り三次(はやのりさんじ)に扮しました。
 町医者・村井長庵の妹のおそよ夫婦は、年貢の未進(みしん:未納)に困っています。長庵はおそよの娘を吉原に売り、おそよの夫・重兵衛(じゅうべえ)を殺してその身代金を奪います。また殺しの罪を浪人の藤掛道十郎(ふじかけどうじゅうろう)になすりつけます。さらに、早乗り三次に頼んで、娘の様子を見に来た妹のおそよを殺害させます。
 一方、おそよの娘は吉原の遊女・小夜衣(さよぎぬ)となり、質屋伊勢屋の若旦那・千太郎(せんたろう)と恋仲になります。千太郎は、小夜衣と一緒にさせてやると長庵からそそのかされ、質草(しちぐさ:質に入れる品物)の短刀を持ち出し、ほかの質屋に質入れしたのが知られてしまいます。伊勢屋の手代・久八は、千太郎の身替りとなって紙屑買いに身を落とします。千太郎は小夜衣と心中しようとしますが、久八に見つかります。もみあう拍子に、久八は誤って千太郎を殺してしまいます。
 長庵と久八は大館左馬之助(おおだてさまのすけ:大岡越前守[おおおかえちぜんのかみ])の裁きを受けた結果、長庵のさまざまな悪事が露見します。久八は千太郎の遺書により無罪となり、そればかりか伊勢屋の養子である千太郎の実の兄であることがわかり、伊勢屋を継ぐこととなります。また小夜衣は久八の実父によって身請けされます。
 この作品は、黙阿弥作品には珍しく、村井長庵は最後まで改心しない徹底的な悪人として描かれており、黙阿弥自身が晩年まとめた自作脚本集『狂言百種(きょうげんひゃくしゅ)』の第1号に取り上げるなど、一番の自信作だったようです。

曾我綉侠御所染(そがもようたてしのごしょぞめ) 通称「御所五郎蔵(ごしょのごろぞう)」「時鳥殺し(ほととぎすごろし)」

【初演年】元治元年(1864年)2月 【初演座】市村座 【ジャンル】時代世話物

五郎蔵は皐月と間違えて逢州を殺す
「五條坂廓内夜更の場」

 黙阿弥49歳のときの作品です。
 初演は、4代目市川小團次(いちかわこだんじ)が御所五郎蔵(ごしょのごろぞう)と百合の方(ゆりのかた)、2代目尾上菊次郎(おのえきくじろう)が皐月(さつき)、3代目関三十郎(せきさんじゅうろう)が星影土右衛門(ほしかげどえもん)、4代目市村家橘(いちむらかきつ、のちの5代目尾上菊五郎[おのえきくごろう])が時鳥(ほととぎす)に扮しました。
 本作は、柳亭種彦(りゅうていたねひこ)の読本(よみほん)『浅間嶽面影草紙(あさまがたけおもかげそうし)』によって書かれています。現行の上演では、前半の「時鳥殺し」の場面を上演する機会が少なく、御所五郎蔵をメインとした後半の「五条坂(ごじょうざか)出会い」「縁切」「逢州殺し」の構成による上演が多くなっています。
 奥州の大名・浅間巴之丞(あさまともえのじょう)が都にいる間、その愛妾・時鳥は後室・百合の方に憎しみから毒を盛られ、殺されます。時鳥の亡霊は都の廓(くるわ)で遊ぶ巴之丞の前に現われ、巴之丞の恋人・傾城の逢州(おうしゅう)と姉妹の名乗りをして消えました。一方、侠客(きょうかく:町の顔役)の御所五郎蔵はもと浅間家の家来。腰元(こしもと)・皐月と不義の咎(とが)で浪人し、いまは皐月も逢州と同じ廓の遊女となっています。皐月へ横恋慕する星影土右衛門も浅間の旧臣。五郎蔵は旧主・巴之丞への金策に苦しみ、皐月はわざと土右衛門の身請けに乗り、五郎蔵に愛想づかししますが、誤解した五郎蔵は皐月を待ち伏せし、間違って逢州を殺してしまいます。五郎蔵は尺八(しゃくはち)を、皐月は胡弓(こきゅう)をひいて自害するのでした。

處女翫浮名横櫛(むすめごのみうきなのよこぐし) 通称「切られお富(きられおとみ)」

【初演年】元治元年(1864年)4月 【初演座】守田座 【ジャンル】世話物

2代目歌川国貞画
(左)切られお富に扮する3代目澤村田之助
(右)蝙蝠安に扮する3代目市川九蔵

 黙阿弥49歳のときの作で、同時代の狂言作者・3代目瀬川如皐(せがわじょこう)の代表作である『与話情浮名横櫛(よはなわけうきなのよこぐし)』の書替狂言(かきかえきょうげん)です。
 初演は、3代目澤村田之助(さわむらたのすけ)がお富(おとみ)、相手の与三郎(よさぶろう)に田之助の実兄で2代目澤村訥升(さわむらとっしょう、のちの4代目助高屋高助[すけたかやたかすけ])、3代目市村九蔵(いちむらくぞう、のちの7代目市村團蔵[いちむらだんぞう])が蝙蝠安(こうもりやす)、4代目中村芝翫(なかむらしかん)が赤間源左衛門(あかまげんざえもん)に扮しました。
 赤間源左衛門の妾(めかけ)・お富は与三郎と通じたため、源左衛門に切りさいなまれ、川に捨てられます。しかし子分の蝙蝠安がお富を助け、薩埵峠(さったとうげ)へ連れていき女房にします。3年後、与三郎と再会したお富は、与三郎が必要とする2百両を調達するため、女郎屋(じょろうや)を営む赤間源左衛門をゆすったうえに蝙蝠安を殺します。しかし、お富と与三郎は実の兄妹で、また蝙蝠安が主であったことがわかり、お富と与三郎は自害をします。
 お富は、好きな男のために女だてらに悪事をはたらく「悪婆(あくば)」の典型です。これは4代目鶴屋南北(つるやなんぼく)が創造した女方(おんながた)の新しい役柄ですが、早熟で気が強く美貌の田之助は、まさに悪婆にふさわしい役者でした。黙阿弥は田之助のために悪婆が主人公の作品を数多く書いていますが、本作がその代表作ともいわれます。お富が顔に付いた疵(きず)を恥ずかしがって袖で隠す場の色気と、お富が源左衛門をゆするセリフが見どころです。
 近代では、4代目澤村源之助(さわむらげんのすけ)、6代目尾上梅幸(おのえばいこう)、3代目中村時蔵(なかむらときぞう)、5代目河原崎国太郎(かわらざきくにたろう)、9代目澤村宗十郎(さわむらそうじゅうろう)らが演じました。
※台本は『黙阿弥全集』7巻に収録されています。

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