歌舞伎編「黙阿弥」

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TOP > 作品の紹介 > 代表作品(青砥稿花紅彩画~鑑賞のポイント~)
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作品の紹介

代表作品

青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)

概要
あらすじ
鑑賞のポイント
コラム
『青砥稿花紅彩画』
国立劇場第125回歌舞伎公演
昭和59(1984)年3月
ポイント1 弁天小僧(べんてんこぞう)のツラネ[花道などで述べる長ゼリフ]

 見どころのひとつは、「浜松屋(はままつや)」で武家の娘に扮した弁天小僧が、桜の刺青(いれずみ)をみせ、盗賊の正体を表す場面です。「知らざあ言ってきかせやしょう」にはじまる七五調(しちごちょう)のツラネは、歌舞伎を代表する名セリフで、寺の稚児(ちご)から盗賊になった弁天小僧の半生が、江ノ島の地名にのせて語られます。
 島田髷(しまだまげ)に振袖姿(ふりそですがた)のしとやかな娘から、ふてぶてしい悪党への変身が倒錯(とうさく)した色気をかもしますが、これは3代目歌川豊国(うたがわとよくに)の役者絵「豊国漫画図絵(とよくにまんがずえ)」に基づいた構想であると伝えられています。「絵面の見得(えめんのみえ)」という言葉があるように、歌舞伎は絵のように演ずることが重要とされますが、まさに絵そのものから生まれた場面なのです。

ポイント2 五人男の勢揃い

 もうひとつの見どころは、満開の桜のもとで五人男が土手に居並ぶ「稲瀬川勢揃い(いなせがわせいぞろい)の場」です。場名に「稲瀬川」と付くものの、背景には浅草の待乳山(まつちやま)が描かれており、舞台はまぎれもなく隅田川の河岸です。船で逃亡しようとする五人男は、捕手(とりて)に囲まれると順番に素性を述べ立てます。ツラネのセリフ回しと着物の染模様はそれぞれ異なり、5人の性格が明快に表されています。

ポイント3 がんどう返し

 「極楽寺山門(ごくらくじさんもん)の場」で弁天小僧が立ち腹(たちばら)を切ると、屋根の前方がゆっくりと持ちあがり、最後は垂直になります。立ちあがった正面には次の場面の背景が描かれており、大掛かりな場面転換が完了します。これは「がんどう返し」と呼ばれる仕掛けの舞台機構です。
 がんどう返しがはじめて用いられたのは、宝暦11年(1761年)大坂中の芝居の『秋葉権現廻船噺(あきばごんげんかいせんばなし)』でした。考案したのは作者の竹田治蔵(たけだじぞう)で、当時は箱状になった大道具を手動で後ろに90度転がす仕掛けでした。この作品は、実在の盗賊日本左衛門(にほんざえもん)をはじめて脚色した芝居としても有名です。「極楽寺山門」にがんどう返しを利用しているのは偶然ではなく、「日本駄右衛門物」の先行作『秋葉権現廻船語』の趣向(しゅこう)を取り入れてのことなのです。

舞台映像おもな出演者
「浜松屋見世先の場」
弁天小僧菊之助:[7]尾上菊五郎
南郷力丸:[4]市川左團次
番頭与九郎:市村鶴蔵
手代:[4]尾上菊十郎・尾上佳緑・[2]岩井貴三郎・山崎権一
日本駄右衛門:[17]市村羽左衛門

「稲瀬川勢揃いの場」
弁天小僧菊之助:[7]尾上菊五郎
南郷力丸:[4]市川左團次
赤星十三郎:[2]市村萬次郎
忠信利平:[8]坂東彦三郎
日本駄右衛門:[17]市村羽左衛門

「極楽寺屋根上から山門への舞台転換」
弁天小僧菊之助:[7]尾上菊五郎
日本駄右衛門:[17]市村羽左衛門

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