歌舞伎編「黙阿弥」

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黙阿弥とその時代

社会をめぐる動き

地図で見る Flashアニメーション 江戸三座の動き/黙阿弥の住居

維新と近代化

明治維新(めいじいしん)と制度改革
揚洲周延画
「憲法発布式の図」

 明治元年(1868年)、元号を明治と改めた新政府は江戸城を皇居とし、新しい体制を出発させます。以後、明治2年(1869年)に版籍奉還(はんせきほうかん)、明治4年(1871年)には廃藩置県(はいはんちけん)などの政策を推し進め、それまで大名が治めていた各地を政府直轄とする、中央集権体制を整備していきます。欧米にならった国の形を作るために、四民平等や職業選択の自由、結婚の自由など、様々な制度を作っていきました。

文明開化と風俗

 社会制度だけでなく、政府は文化的な面についても積極的に西欧のものを取り入れ、近代化を推し進めていきます。これに伴って、衣服や髪型などの風俗面においても、それまでの髷(まげ)や和服から、散切頭(ざんぎりあたま)や洋服などが普及するようになっていきます。交通機関では人力車、食物では牛鍋など、様々な和洋折衷の風俗が見られるようになってくるのもこの頃です。新時代に対応し、新たな時代を築いていこうとする人々がいる一方で、旧時代の価値観や風俗を懐かしむ人々もまた数多くいた時代でもありました。

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