歌舞伎編「黙阿弥」

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黙阿弥とその時代

社会をめぐる動き

地図で見る Flashアニメーション 江戸三座の動き/黙阿弥の住居

開国から倒幕へ

鎖国の終焉(しゅうえん)と攘夷(じょうい)の動き

 嘉永6年(1853年)のアメリカの黒船来航、翌年の安政元年(1854年)の日米和親条約の締結を皮切りに、徳川幕府は西欧諸国と同様の条約を結び、横浜、長崎、函館といった港が開かれました。これらの国との自由貿易の開始によって、それまでとは異なった文物が日本に渡ることになります。また国内においては、流通機構の混乱や金銀価値の不均衡、物価の高騰など経済の混乱が広まっていきます。各地で一揆が頻発するなか、こうした混乱を外国人のせいだとする「攘夷」の運動も広まり、幕府の体制は一層不安定なものとなりました。

大政奉還(たいせいほうかん)と幕府の崩壊
4 代目歌川国政画
西南戦争・西郷隆盛の最期

 幕政が混乱を極める一方、勢力を高めていった薩摩藩、長州藩などを中心に諸藩は様々な動きを見せます。そして慶応2年(1866年)に結ばれた「薩長同盟(さっちょうどうめい)」を期に倒幕への動きが加速、翌年の慶応3年(1867年)には将軍徳川慶喜(とくがわよしのぶ)による大政奉還が行われます。その後、戊辰戦争(ぼしんせんそう)を経て、江戸幕府は崩壊。新しい政府が、体制を固めていきます。

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