伊賀道中双六をひもとく

  1. TOP
  2. 『伊賀越道中双六』あれやこれや
  3. 時代物の段構成

時代物の段構成

巧みな段構成の『伊賀越道中双六』丸本 国立劇場所蔵

巧みな段構成の『伊賀越道中双六』丸本
国立劇場所蔵

浄瑠璃の構成は、古浄瑠璃までは六段の構成が主流でした。延宝年間(1673年~1681年)から、時代物では五段が主流となります。

「五段に綴るは能の番組に同じ。初段は脇能、弐は修羅、三は葛事、四は脇所作、五は祝言也」[『竹豊故事(ちくほうこじ)』より] とされています。

初段は儀式的で、大内や神社などが舞台となり、登場人物が善悪対照的に紹介されます。続いて善人方の恋が描かれ、それが、悪人の付け込む隙となり、事件の発端が描かれます。

二段目は、善と悪との争いが描かれ、一旦、善が退けられます。

三段目は、悪を滅ぼそうとする善の抵抗とその悲劇、例えば、身替りや切腹、否応なく大切な者を奪われる女性の愁歎などが描かれます。

四段目には道行(みちゆき)がおかれ、雰囲気が変ります。続いて、善の犠牲の上に立って、悪の末路が示されます。五段目は、秩序の回復と大団円です。

近松門左衛門(ちかまつもんざえもん)没後には多段物がみられるようになります。主従関係や御家騒動などに基づく悲劇が、より複雑な伏線のもと展開されます。例えば、世話物でも、延享2年(1745年)大坂竹本座初演『夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)』[世話物、並木千柳(なみきせんりゅう)[並木宗輔(なみきそうすけ)]等合作]は九段構成で、これが標準になったようです。

時代物でも、例えば延享5年(1748年)大坂竹本座(たけもとざ)初演『仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)』[時代物、三大名作ひとつ、並木千柳[並木宗輔]等合作]は十一段。寛政11年(1799年)大坂道頓堀若太夫芝居[旧豊竹座]初演、『絵本太功記(えほんたいこうき)』は、「天正十年六月朔日(ついたち)武智光秀(たけちみつひで)叛逆(はんぎゃく)の出陣より同月十三日山崎大合戦までの日数十三日が間を続十三巻に取組」[辻番付予告(今で言う映画のポスター)より]十三段の構成でした。『伊賀越道中双六(いがごえどうちゅうすごろく)』は全十段で、巧みに構成されています。

閉じる

親子、主従などが目的地に向かう途中の情景や叙情を、掛詞などを駆使して構成します。「もの尽し」的な表現もあります。世話物では心中する男女が死に場所を求める、情緒的な場面です。太夫、三味線も大勢並び、高い調子で演奏します。

閉じる

人形浄瑠璃の戯曲構成は、時代物の五段組織、世話物の三巻構成が主でしたが、近松門左衛門没後の人形浄瑠璃では、世話物に御家騒動が持ち込まれるなど、構成が複雑になりました。そこで、五段以上の浄瑠璃戯曲を「多段物」と呼びます。『夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)』(世話物)の九段が標準となりました。時代物も『仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)』十一段、『伊賀越道中双六』十段、『絵本太功記』十三段で、どの作品も多段であっても、構成の緊密性を保って見事な名作です。



前のページへ戻る

ページの先頭に戻る