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南北劇の特色 新たな役どころの確立

激しい愛情の裏返しである復讐の怨念

『東海道四谷怪談』
民谷伊右衛門の女房・お岩
6代目尾上梅幸

南北劇の役柄で最も有名なのは、『東海道四谷怪談(とうかいどうよつやかいだん)』のお岩(おいわ)でしょう。夫である民谷伊右衛門(たみやいえもん)に冷遇され、不実を知り、激しい怒りのなかで死んでいき、怨霊となって悪事に関わった人々をすべて根絶やしにした女性です。お岩を演じたのは3代目尾上菊五郎(おのえきくごろう)でした。
強い恨みの感情を持ったまま死に、怨念となって復讐する死霊の役柄は、菊五郎の義父である初代尾上松助(おのえまつすけ)が創始しました。南北の名を世に知らしめることとなった『天竺徳兵衛韓噺(てんじくとくべえいこくばなし)』(文化元年[1804年])で、松助は乳母・五百機(めのと・いおはた)の幽霊を演じています。以後、『彩入御伽草(いろえいりおとぎぞうし)』(文化5年[1808年])の小幡小平次(こはたこへいじ)や『阿国御前化粧鏡(おくにごぜんけしょうのすがたみ)』(文化6年[1809年])の阿国御前(おくにごぜん)などを演じました。阿国御前は髪梳き(かみすき)をしながら憤死するシーンが最大の見せ場であり、これは後の『東海道四谷怪談』の有名な「髪梳き(かみすき)」のシーンへと受け継がれていきます。
そして怪談狂言と怨霊の役は菊五郎に伝承され、『法懸松成田利剣(けさかけまつなりたのりけん) 』のかさね、そして四谷怪談のお岩へと発展していったのです。
女性の怨霊について言えば、恐ろしい恨みの感情は強い愛情の裏返しだったとも言えます。封建社会でつつましく生きることを強いられていた女性たちが、激しい感情を内に秘めていることを表現する唯一とも言える方法が怨霊となることでした。女性たちは怨念となって初めて男性を圧倒しながら、秘めたる想いを表現することができたのです。これも新しい時代の幕開けを予感させる表現の登場だったと言えるでしょう。

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