南北劇に登場する個性的な人物たちは、現実の社会に生きている同時代の人々をモデルにしていました。その言葉づかいはとても生き生きとしています。
『桜姫東文章(さくらひめあずまぶんしょう)』では、女郎(じょろう)の風鈴お鈴となった桜姫が公家(くげ)の言葉と男言葉をごちゃまぜにして話す有名なシーンがあります。
「コレ、幽霊さん、イヤサ、そこへ来ている清玄の幽霊どの。つきまとう程な性(しょう)があらば、ちっとは聞きわけたがいいわな。自らが先々を鞍がえするも、そなたの死霊がつきまとうゆえ、馴染みの客まで遠くなるわな」
南北は、お姫様が女郎になる奇抜な発想を、当時実際にあった事件から着想しました。浅草に住む善兵衛という男は、品川宿の旅籠屋(はたごや)が抱える飯盛女(めしもりおんな:娼婦)を養女にしました。善兵衛(ぜんべえ)は、この娘が京都の公家の息女だと偽って、近隣の名家をだまし歩いたそうです。琴女(ことじょ)と呼ばれるこの娘が桜姫のモデルだったと言われています。
南北の生き生きとした生世話のセリフの背景には、現実の事件や当時の世相が生んだリアルな人々と、その人物像への深い理解があったと言えるでしょう。