南北は狂言作者としての長い経験をもとに、自由な解釈で独自の狂言を作り出していきました。
歌舞伎の狂言には「世界(せかい)」と呼ばれる設定がありました。これは江戸時代によく知られていた物語で、時代物では、「前太平記(ぜんたいへいき)」「曾我物語(そがものがたり)」「太平記(たいへいき)」などがあり、また世話物では「お染久松(おそめひさまつ)」「八百屋お七(やおやおしち)」「お夏清十郎(おなつせいじゅうろう)」などがあります。顔見世狂言(かおみせきょうげん)では「世界定め」と呼ばれる会議もあったほどで、世界の設定は重要なことでした。
書替えとは、先に上演された有名狂言のあらすじを取りながら、世界や人物、場面を変えたり、男女を入れ替えるなどして、新しい作品に仕立てていくことです。南北は、有名な狂言を書替ることで新たな作品を生み出していったのです。
南北は異なる複数の世界を混ぜる「綯い交ぜ」も得意にしました。例えば、『隅田川花御所染(すみだがわはなのごしょぞめ)』(文化11年[1814年])では、「隅田川(すみだがわ)」の世界に「清玄桜姫(せいげんさくらひめ)」と「鏡山(かがみやま)」の世界が組み合わせ、3つの世界を綯い交ぜにしました。南北はこの手法を師匠である金井三笑(かないさんしょう)から受け継ぎました。