【初演年】 文化7年(1810年)1月15日
【初演座】 市村座
勝俵蔵(かつひょうぞう)こと南北が56歳のときの作品です。
5代目松本幸四郎(まつもとこうしろう、47歳)は半時九郎兵衛(はんときくろべえ)、3代目坂東三津五郎(ばんどうみつごろう、36歳)は本庄綱五郎(ほんじょうつなごろう)、5代目岩井半四郎(いわいはんしろう、35歳)は九郎兵衛女房・お時(おとき)と綱五郎の恋人・お房(おふさ)の2役に扮しました。
それに、2代目尾上松助(おのえまつすけ、27歳:のちの3代目菊五郎[きくごろう])のお祭り左七(おまつりさしち)、2代目沢村田之助(さわむらたのすけ、23歳)の深川仲町の芸者・小糸(こいと:お糸とも)の若手コンビが絡みます。
南北が曽我狂言(そがきょうげん)の2番目として書き下ろした世話物の名作です。
「本町糸屋娘(ほんちょういとやのむすめ)」の書替え(かきかえ)狂言です。江戸時代の古い歌謡を集めた『松の落葉(おちば)』という本に「糸屋むすめ」という小唄がありました。本町二丁目の糸屋の21歳と20歳のふたりの娘を歌ったものです。「本町糸屋娘」はその小唄から生まれた物語でした。この作品では新たに「お房・綱五郎」と「小糸・左七」という、2組の男女の物語が創作されています。
「お房・綱五郎」には、初演の前の年に実際に起こった事件のことが当て込まれています。山の手に住む旗本(はたもと)の次男坊が墓を掘り起こして、女性の死体を犯したという猟奇的な事件でした。易者(えきしゃ)となった浪人の本庄綱五郎にはその犯人の行動が重ね合わされていました。婚礼を嫌って毒薬を飲み、仮死の状態で埋葬された糸屋の娘・お房が息を吹き返す場面は、シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』との類似が指摘されています。
鳶(とび)の者のお祭り左七は、3代目菊五郎の当り役です。かっとなって芸者の小糸を殺してしまう設定は、孫にあたる5代目菊五郎の『江戸育御祭佐七(えどそだちおまつりさしち)』(通称:お祭り佐七)に受け継がれました。