親に勘当され、豊島屋を訪れた与兵衛
「豊島屋油店の段」
放蕩息子である河内屋(かわちや)の次男・与兵衛(よへえ)が金に困り、姉のように親しんでいた豊島屋(てしまや)の女房・お吉(およし・現在の文楽では「おきち」)を殺してしまう顛末が書かれた作品です。
河内屋与兵衛は、馴染みの遊女・小ぎく(こぎく・現在の文楽では「小菊」)が別の客と野崎参りに出掛けたのに立腹していました。野崎観音の門前で小ぎくの客と喧嘩になり、泥をぶつけあううち、与兵衛は通りかかった武士の小栗(おぐり)に、誤って泥をかけてしまいます。小栗に仕える与兵衛の伯父は、無礼に怒って甥を切り捨てようとしますが、小栗はこれを止めました。
泥だらけで怯(おび)える与兵衛は、そのままの格好で逃げることも出来ず、通りかかった豊島屋のお吉を頼って身なりを整えます。河内屋と豊島屋は油を商う同業者で、与兵衛は姉のようなお吉に懐いていました。
〈徳庵堤の段〉
河内屋の主人・徳兵衛(とくべえ)は、与兵衛にとって実の父ではなく、義理の父親です。実父の死後、母のおさわは河内屋の使用人であった徳兵衛と夫婦になったのでした。徳兵衛はかつての主人の子である与兵衛を大切にしていました。しかし、与兵衛の兄・太兵衛(たへえ)は、伯父が与兵衛の働いた無礼のために面目を失い、浪人したことを徳兵衛に告げ、遠慮せずに与兵衛を勘当するよう忠告します。
与兵衛はそうとも知らず、伯父が主人の金を使い込み、困っていると偽って徳兵衛から金をだまし取ろうとするなど、悪事を働きます。母のおさわは、ついに与兵衛を勘当し、河内屋を追い出します。
〈河内屋内の段〉
実は与兵衛は、今夜中に返済しなければならない借金200目(約20万円)を抱え、金が必要でした。明日になるとこの借金は、5倍の1貫目(約100万円)になってしまいます。徳兵衛は家を追い出された与兵衛を心配し、豊島屋のお吉に与兵衛への金を託しに来ます。続いて、母のおさわも金を携えてやってきます。様子を立ち聞きし、親の心を知った与兵衛は、何としても借金を返済しようと決意します。
刀を抜き、そっと懐(ふところ)に隠して豊島屋に現れた与兵衛に、お吉は預かった銭800文(約1万2千円)を渡します。しかし、借金返済の額には到底足りません。与兵衛はお吉に金を貸してくれるよう頼みますが、拒否されます。他に金策の当てがない与兵衛は、お吉を殺して金を奪おうと、隠し持っていた刀で切りつけます。売り物の油がこぼれた中を逃げ回るお吉。血と油に滑りつつ、与兵衛はお吉にとどめを刺します。
金を盗んでその場を逃げ延びた与兵衛ですが、やがてお吉殺しが露見し、捕えられるのでした。
〈豊島屋油店の段・豊島屋逮夜の段〉