大坂・心斎橋(しんさいばし)の古道具屋である笠屋(かさや)の娘・おかめと、婿養子の与兵衛(よへえ)が起こした、実際の心中事件に取材した作品です。
おかめと与兵衛は、幼なじみの従兄妹同士です。与兵衛は古道具屋笠屋の一人娘であるおかめと結婚して婿養子となるのですが、実の叔父である舅(しゅうと)・長兵衛(ちょうべえ)やその妾(めかけ)・ゐま(いま)と折り合いが悪く、家を出てしまいます。『堀川波の鼓』
実際に起きた姦通(かんつう)事件を踏まえ、能『松風』をモチーフとして書かれた作品です。
因幡藩(いなばはん・現在の鳥取県)の武士・小倉彦九郎(おぐらひこくろう)は、藩主の供で江戸詰め、いわば単身赴任中です。彦九郎の妻・おたね(現在の文楽では「お種」)は、寂しい日々を送っています。おたねは、ある日実家で妹のおふぢ(現在の文楽では「お藤」)と過ごすうち、養子・文六(ぶんろく)の小鼓の師匠・宮地源右衛門(みやぢげんえもん)と出会います。その後、おたねに横恋慕する男が訪れ、おたねにしつこく言い寄ります。その場逃れに色良い返事をしたおたねですが、それを源右衛門に聞かれて動揺。日頃から帰りを待ちわびている夫に知られたくない一心で、口止めにと杯(さかずき)を交わすうち、酔いが回った2人は思いがけなく男女の関係に陥ってしまうのでした。前年の宝永3年(1706年)に竹本座で上演された、『卯月紅葉(うづきのもみじ)』の続編です。
前作では、幼なじみの従兄妹同士で、夫婦となったおかめと与兵衛(よへえ)が、心中に至るまでの物語が描かれています。共に死ぬはずの2人でしたが、おかめだけが死んで、与兵衛は生き残ってしまいました。『五十年忌歌念仏』
実際の事件から創作されて流行した、「清十郎ぶし」の歌謡を元に書かれた作品です。
但馬屋(たじまや)の奉公人・清十郎(せいじゅうろう)は、主人の娘であるおなつ(現在の文楽では「お夏」)と恋仲になっています。しかしおなつに、主人の勧める別人との結婚話が持ち上がり、清十郎は気を揉んでいました。一方、清十郎の同僚・勘十郎(かんじゅうろう)は、主人から預かったおなつの嫁入り道具用の金を使い込み、支払いに困っていました。そこで、偶然出会った清十郎の父・左治右衛門(さじえもん)におなつ・清十郎の密通を告げ、おなつの結婚を引き延ばして2人を救うためと偽り、嫁入り道具を返品する証文(しょうもん)を書かせます。『心中重井筒』
宝永元年(1704年)に起こったとされる、実際の心中事件を元に描かれた作品です。
紺屋(こうや)の婿養子である徳兵衛(とくべえ)は、実家である重井筒屋(かさねいづつや)の遊女・おふさ(現在の文楽では「お房」)と馴染みを重ねていました。ある日、おふさの父を助けるために金が必要になった徳兵衛は、妻のおたつの名前で400匁(約64万円)の借金をしてしまいます。このことを知ったおたつの父・宗徳(そうとく)は立腹しますが、あくまで夫をかばうおたつの心に感じた徳兵衛は、おふさとの別れを決意し、金もおたつに渡しました。しかし、宗徳の元へ釈明に向かう途中、ついおふさのことを思い、重井筒屋へと向かいます。当時の流行歌謡の中に登場する、丹波与作(たんばよさく)と関の小万(せきのこまん)の恋を題材にした作品です。
丹波国(たんばのくに)の城主・由留木(ゆるぎ)家では、10歳の調の姫(しらべのひめ)を東国へ養子に出すことになりました。幼い姫は出発を嫌がりますが、馬方(うまかた)の三吉(さんきち)が東国までの道中双六(どうちゅうすごろく)を見せると、機嫌を直します。姫の乳母・滋野井(しげのい)は、喜んで三吉に褒美を与えますが、話を聞くうち、三吉が別れた夫・伊達与作(だてのよさく)との間に生まれたわが子と判明。三吉は父母と離れ、馬方に落ちぶれていたのでした。2人は立場上、親子と名乗り合えず悲しみます。『今宮の心中』
首を吊るという心中の仕方で世間の噂になった、実際の心中事件を元に描かれた作品です。
着物の仕立てを商売とする菱屋(ひしや)の人々が舟遊びをしていると、そこへ菱屋のお針子・おきさとその父・太郎三郎(たろうさぶろう)がやってきます。父は、おきさを田舎の許嫁(いいなづけ)と結婚させるつもりでしたが、菱屋の奉公人・二郎兵衛(じろべえ)と恋仲であるおきさは承知しません。菱屋主人の母・貞法(ていほう)は、おきさには自分が良い婿を見つけると太郎三郎に約束します。おきさに横恋慕する元奉公人の由兵衛(よしべえ)は、おきさの結婚を貞法に任せるという証文の作成を提案。自分の恋に都合のよい証文を書き、おきさと父に判を押させてしまいます。『夕霧阿波鳴渡』
人気のあった実在の遊女・夕霧が若くして亡くなったことを題材に、「夕霧物(ゆうぎりもの)」と呼ばれる数多くの浄瑠璃・歌舞伎作品が生まれました。本作はその1つで、「夕霧物」の代表作といえる作品です。
扇屋(おうぎや)の傾城(けいせい)・夕霧(ゆうぎり)は、病の床に伏しています。しかし、正月の今日は、いつも恋人の藤屋伊左衛門(ふじやいざえもん)と過ごしていた吉田屋(よしだや)へと出向きました。一方伊左衛門は、親の勘当を受けて落ちぶれ、紙子(かみこ・紙でできた粗末な着物)姿で吉田屋に現れます。2人の間には男子がありましたが、夕霧の客であった阿波国(あわのくに・現在の徳島)の武士・平岡左近(ひらおかさこん)の子と偽り、平岡家へ養子に出していました。伊左衛門は、実家でこの子を跡継ぎにする話が出ていると夕霧に語ります。『大経師昔暦』
井原西鶴(いはらさいかく)の『好色五人女(こうしょくごにんおんな)』にも取り上げられた、有名な姦通(かんつう)事件を題材に書かれた作品です。
大経師以春(だいきょうじいしゅん)の妻・おさんは、借金に悩む父を助けようと、大経師家に仕える茂兵衛(もへえ)に相談しました。主人の舅のためと、茂兵衛は以春の名で1貫目(約160万円)の金を借りようとしますが、同僚に見咎められてしまいます。おさんの父の面目を思い、茂兵衛は言い訳せず、おさんにも口止めをします。茂兵衛に恋する女中の玉(たま)は、茂兵衛を助けようと、自分が頼んだことと嘘をつきました。しかし、玉に横恋慕する以春は、茂兵衛に嫉妬し、かえって怒りを募らせます。本作は、あづまと山崎与次兵衛(やまざきよじべえ)の名が登場する、流行歌などを題材として書かれています。
大坂新町(しんまち)・藤屋(ふじや)の高級遊女であるあづまには、山崎与次兵衛という恋人がいます。一方、かつての豪商の子で、今は落ちぶれている難与平(なんよへい)も、吾妻(あづま)に恋していました。与平の心を知ったあづまは、与次兵衛の手前、男女としての仲ではなく、杯を交わそうと共に井筒屋(いづつや)へやってきます。長崎で密貿易を行っていた者たちが、刑罰を受けた事件に材を取った作品です。
京都の商人・小町屋惣七(こまちやそうしち)は、商用で博多へ赴くうち、当地の遊女・小女郎(こじょろう)と馴染みになっていました。ところが、小女郎を身請けする旅の途中、惣七は海賊たちによる密貿易の現場を目撃します。気付かれて海へと投げ込まれた惣七は、身請けの金を失ってしまいました。小女郎は、何とか惣七と夫婦になろうと、毛剃九右衛門(けぞりくえもん)に借金を頼みます。しかし九右衛門こそが、密貿易をしている海賊と判明。九右衛門は惣七に、小女郎を身請けして欲しければ仲間になれと迫ります。惣七は小女郎のため、その条件を受け入れました。