能楽[能・狂言]の歴史

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時代タイムライン

大正から昭和のはじめにかけて、東京音楽学校[現在の東京藝術大学]に能楽科が設置されるなど、能楽師を養成する環境が整備されつつありました。一方で日本は長い戦争の時代に突入し、能もその影響を受けていきます。演劇が軍に統制される中、能楽師たちは問題のある詞章を臨時に変えることで対応しました。これは江戸時代に幕府などでの能の催しの際に行っていた「かざし言葉」[貴人に失礼になる言葉を他の語に代えること]の習慣を生かした対処でした。それでも皇族を主人公とした能『蝉丸(せみまる)』『大原御幸(おはらごこう)』などが上演自粛や禁止となり、一方で、戦争を主題とした新作能も作られました。いくつかの能楽堂は空襲により焼けてしまいました。梅若(うめわか)家が一時期観世(かんぜ)流を離れ、梅若流を樹立したのもこの頃です。

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観世流一番綴謡本『皇軍艦』

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『昭和19年上海宝生会大会番組』

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