能楽[能・狂言]の歴史

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時代タイムライン

江戸時代、幕府や藩から保護を受けていた5座の役者は、明治維新で大きな打撃を受け、転職する人も多く出ました。維新の影響でワキ方の進藤(しんどう)流をはじめ、諸役の流儀がいくつも断絶します。しかし、岩倉具視(いわくらともみ) [1825〜83]をはじめとした新政府の有力者や華族、新興財閥などが能の新たな保護者となり、1881年[明治14年]に能楽社が設立され、芝公園内に芝能楽堂ができると、この舞台で多くの役者が芸を競いました。明治期に特に活躍した役者としては、梅若実(うめわかみのる)・宝生九郎(ほうしょうくろう)・桜間伴馬(さくらまばんま)等が挙げられます。明治30年代後半からは、池内信嘉(いけのうちのぶよし)が雑誌『能楽』を発行し、囃子方の育成に力をそそぐなど、能の普及・後援活動を行いました。

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『青山御所能舞台演能図』

『青山御所能舞台演能図』

コラム:狂言の歴史(4)

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