各藩の能楽―もっと詳しく


加賀藩には御細工所(おさいくしょ)という機関がありました。御細工所とは、武具や調度品などの工芸品を作る職人たちを集めた工房です。金沢に伝統工芸が多く伝わっているのは、加賀藩が職人とその技術を大切にしていたことと大きく関わっています。

職人の工房である御細工所は本来、能とは無関係の機関でした。しかし、前田綱紀(まえだつなのり)の時代にある変化が起きます。加賀藩で能が盛んになっていくのに伴い、藩は御細工所の職人たちに、工房での仕事とは別に、主君の能の相手を主な目的として能の稽古を奨励するようになりました。これを「本役兼芸(ほんやくけんげい)」といいます。あくまで能の上演のサポートや稽古の相手が目的であったため、職人たちは主に地謡や囃子方、ワキツレなどを務めており、シテや狂言のような主役級の役割には携わらなかったようです。職人たちは参勤交代(さんきんこうたい)で主君が江戸へ上京する際に同行し、江戸在住の能役者に弟子入りすることもありました。

職人たちは能の修行だけでなく、本分である職人としての技量も当然磨かなくてはならなかったので、時には両立が負担にもなったようです。職人の中には、能の舞台装置である作り物(つくりもの)を作る者や、針仕事を本業とする者が役者に能装束を着ける役を担当するなど、本業の技術を生かしながら裏方として能に携わる者もいました。プロの能役者や町の兼業役者だけでは事足りず、家臣たちに能の相手を命じ、稽古を奨励した点からも、加賀藩での能の催しや稽古が盛んであったことがうかがい知れます。