狂言の演目と鑑賞

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旅の僧が宇治平等院に参詣(さんけい)します。無人の茶屋に茶湯(ちゃとう)が手向けてあるので、その土地の者を呼び出していわれを聞くと、昔、宇治橋供養の折、通円という茶屋坊主が、大勢の客に茶を点(た)てて、ついに点て死にした、今日がその命日に当たるのだと語り、僧にも弔いを勧めます。僧が茶屋の床に衣を敷いて待つうちに、通円の亡霊が現われ、僧の問いに答えて自分の最期のありさまを語ります。「都からの修行者が三百人もおしよせてきた時、通円は一人残さず茶を飲まそうと奮闘したが、ついに頼みの茶碗、柄杓(ひしゃく)も打ち割れてしまい、もはやこれまでと平等院の縁の下に団扇を敷き、辞世の和歌を詠んで死んでしまった」。そう語り終えた通円の亡霊は、僧に跡の供養を頼んで消えてしまいます。

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本曲は、設定こそ「茶をたてすぎての死」という狂言らしいナンセンスなものですが、謡と舞という能の表現形式を用い、詞章も能『頼政(よりまさ)』のもじりにこだわりぬくなど、パロディの徹底ぶりが特徴的です。本曲のような形式の狂言は、能と同じく地謡をバックに舞うところから舞狂言ともいわれ、能のようにワキ、アイを登場させるなどの手法がみられるので能がかりとも言われています。能『頼政』は旅の僧が宇治平等院で源頼政(みなもとのよりまさ)の霊から、宇治橋のたもとで300騎余りの敵兵を撃つも破れ、辞世の歌を詠んで自害したいきさつを聞くという話です。「詞章」のページに元となる『頼政』も合わせて紹介するので見比べてみましょう。

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[通円が300人を相手に奮闘した様子を語る場面より]
地謡「弱き者には柄杓(ひしゃく)を持たせ、強きに水を担(にな)わせよ。流れん者には茶筅(ちゃせん)を持たせ、たがいに力を合わすべし」
[パロディの対象になった『頼政』の元の詞章]
地謡「弱き者をば下手に立てて、強きに水を防がせよ。流れん武者には弓筈(ゆはず)を取らせて、たがいに力を合わすべし」

『通円(つうえん)』

『通円』[大蔵流]
シテ[通円の霊]/13代目・茂山千五郎
2008年[平成20年]11月26日 3世茂山千作23回忌追善東京茂山狂言会第14回
[写真:青木信二(国立能楽堂)]

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