狂言の演目と鑑賞

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吉野の里に住む盲目の男が、川上という所の霊験(れいげん)あらたかな地蔵に参詣(さんけい)し、目が開くように願います。地蔵堂に籠(こ)もったその夜、男は御霊夢をたまわり、目が見えるようになります。念願かなった男は、大喜びで杖を捨て帰宅し、妻も「黒い涼しい目になりました」と喜びます。ところが、目をあけてもらうには条件があって、それは妻とは悪縁なので、すぐに別れなければいけないというものでした。その話を聞いて腹を立てた妻は地蔵をあしざまにののしり絶対に別れないと言います。ついに夫も承知し、2人は連れ立って帰りますが、道の途中で夫の目は再び見えなくなってしまいます。2人はともに座って泣き、これも前世の因縁と思って嘆くまいと謡い、手を取り合って帰ります。

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川上の地蔵へ行く夫が、蹴つまずいて膝をついて左膝をさすったり、杖で前を探って石段と知り、その高さを調べ、そして立って杖にすがって上がったり、地蔵堂ではまわりの参詣者がいるように向き直りながら会話したり、写実的な情景を表現する演技も見どころです。狂言ではしばしば、盲人が目の見える者にからかわれたり、気弱な夫が妻に追いたてられたりという図式が登場しますが、この狂言はもともとその2つを重ね合わせた趣向の作品だったものが、徐々に、地蔵の権威に抵抗する夫婦愛を描く作品へと変化したものだと考えられます。一般的な「笑いの芸術」としての狂言のイメージとは趣を異にした、しみじみとした味わいのある作品です。

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[夫から別れ話を聞かされた妻が激怒して地蔵をののしる場面より]
「エエ、腹立ちや腹立ちや。あの川上のやけ地蔵のくさり地蔵めが。何の尤(もっと)もとぬかしをる事があるものか。そちは妾を去らうと思ふか」

『川上(かわかみ)』

『川上』[和泉流]
シテ[男]/野村万作、アド[妻]/石田幸雄
2008年[平成20年]9月19日 国立能楽堂開場25周年記念公演 [写真:青木信二(国立能楽堂)]

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