狂言の演目と鑑賞

自慢の大髭が認められ、宮中の大嘗会(だいじょうえ)に犀の鉾(さいのほこ)の役[儀式に用いる木製の鉾を持つ役]に選ばれた男は大喜びで妻を呼び出します。衣装を新しくこしらえると聞いた妻は、貧乏でそんな余裕はないから役を断るように言い、しまいには全てその髭があるからいけない、剃り落とせと怒ります。腹を立てた男は妻をさんざんに打ち据えます。横柄な態度の夫に妻も負けてはおらず、近所の女房たちと示し合わせて押し寄せてきます。大きな毛抜きを持った妻を先頭に、長刀や槍、熊手を持った女房たちが登場し、夫は髭が隠れる櫓を首からかけ防戦します。いったん夫が女房たちを追い立てますが、逆襲され、最後は妻が毛抜きで髭を抜き高々と差し上げて勝ちどきをあげます。
「大嘗会(だいじょうえ)」とは、天皇の即位後、初めて行われる五穀豊穣(ごこくほうじょう)の儀式で、1代1度なので盛大にとりおこなわれます。そのような晴れがましい舞台での大役を仰せつかった男は、家庭の事情などおかまいなしに有頂天で、妻はあきれて文句をいいます。どこにでもありそうな夫婦喧嘩をきっかけに、妻は近所の女房たちと一緒に、巨大な毛抜きをはじめとした武器を手に押し寄せ、夫は髭に櫓をつけ、城門の周囲に幟を立てて応戦する騒ぎに発展し、まるで合戦のような攻防が繰り広げられます。大きなはずの櫓がミニチュアで表され、小さい毛抜きが特大のサイズになる対比のおかしさなど、夫と女たちのナンセンスな対決が大真面目であればあるほど、笑いを誘います。
[男から役に選ばれた話を聞かされた妻が腹を立てて言い返す場面より]
妻「その見たむない髭をいかう自慢に思はるるさうな。何の益にもならぬむさむさとした大髭ぢやと云うて世間からも笑ふ。兎角(とかく)此度を幸ひに抜くか剃るか召され」


『髭櫓』[和泉流]
シテ[男]/野村万作、アド[妻]/2代目・野村萬斎、立衆[女]/石田幸雄 深田博治 竹山悠樹 野村遼太 月崎晴夫
2007年[平成19年]3月21日 国立能楽堂第1回狂言企画公演(YN0350001004020)