狂言の演目と鑑賞

今日は吉日だからと聟入り(むこいり)[結婚後初めて夫が妻の生家に挨拶に行く儀式]することになった聟は、心細いので父親についてきてもらうことにします。舅(しゅうと)の家の門前で、聟は父親の手を借りて袴(はかま)を身につけ、家に入り舅と会います。ところが、舅の家の太郎冠者が門前の父親を見つけ、舅はすぐお呼びしろと言います。聟は門前で父親に袴を渡し、今度は父親が舅に会います。以後2人は1つしかない袴を交代で着ては舅の前に出ますが、やがて袴が前後に裂けてしまいます。2人はそれぞれ裂けた袴を前に当て、めでたく盃事も済ませます。舞を所望された聟は、不自然な舞い方でごまかしますが、とうとう袴の後ろがないことがばれ、聟と父親は面目ないと逃げますが、舅は待ちなさいと後を追います。
2つに裂けた袴を前に当てて後ろを見せないように横歩きしたり、妙な舞を披露したりと視覚的におかしみが伝わる曲です。現在の演出では聟入りの祝言性を強調し、舅(しゅうと)も聟(むこ)のいたらなさを暖かく見守るという演出をしています。しかし本来は、無知で無礼な聟を舅が追い込むという、直接的な風刺性のある作品でした。また、聟入りに舅の家の前までついて来てしまう親と、頼りない子供の姿は、最近の過保護な親子のありかたにも重なります。本曲の現代におけるあらたな風刺性と言えるでしょう。
[聟と舅の初対面の挨拶の場面より]
聟「無案内(ぶあんない)でござる[初対面の挨拶の言葉]」
舅「初対面でござる」
聟「今日は(こんにった)早々参ろうずるを、私の無音(ぶいん)[無沙汰]の段はこれのおごう[妻の名前]に免ぜられて下されい」
舅「内々(ないない)待ちまするところに、今日(こんにち)のおいで祝着(しゅうちゃく)致しまする」


『二人袴』[大蔵流]
シテ[聟]/茂山正邦、アド[舅]/丸石やすし、アド[太郎冠者]/2代目・茂山千之丞、アド[親]/13代目・茂山千五郎
2007年[平成19年]7月27日(1時) 国立能楽堂第123回狂言の会 [写真:青木信二(国立能楽堂)]