朝野新聞(豊竹小靭太夫)ちょうやしんぶん(とよたけこうつぼたゆう)

null

NA0076609000

配役

梶徳 かじとく

豊竹 小靭太夫とよたけ こうつぼだゆう ( [初代] 豊竹 古靭太夫とよたけ こうつぼだゆう )

落款 応需 年信としのぶ ( [初代] 山崎 年信やまざき としのぶ )
登録No.

0076609-000-001

図録No.

16148

枚数

1枚

寸法(mm)

361×237

絵師

応需 年信としのぶ ( [初代] 山崎 年信やまざき としのぶ )

版元

林 吉蔵はやし きちぞう

彫師

山崎 徳三郎やまざき とくさぶろう

改印


(明治11年(1878)3月18日(御届))

図録分類

絵入新聞

備考1

「千三百五十一号」とある。朝野新聞は明治5年創刊の「公文通誌」を改題、社長の成島柳北、主筆の末広鉄腸らが明治7年に創刊(明治26年終刊)した。初代豊竹古(本図では「小」)靭太夫は幕末~明治初期に活躍した浄瑠璃太夫。明治11年(1878)2月24日の千秋楽の夜、大道具方の棟梁である梶徳に殺害され、52歳で亡くなった。
明治初期

図版の説明はこちら。

図版説明を見る

備考2

図中の文は図版解説を参照。

改印情報 和暦 明治11年(1878)3月めいじ
所蔵場所

国立劇場

ページの先頭に戻る