配役 |
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落款 |
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図録No. | 08147 |
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枚数 | 1枚 |
寸法(mm) | 374×497 |
絵師 |
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図録分類 | 摺物 |
備考1 |
[3]中村大吉は天保11年(1840)、[2]中村富十郎の養子となって大吉を名乗り、[5]中村松江を経て嘉永1年(1848)春から大吉に復した。[4]中村仲蔵は大坂系の仲蔵で、[2]富十郎に見出され、嘉永1年春に[1]坂東寿三郎から仲蔵を襲名した。本図は、二人の名開(襲名披露)のための配り物用の摺物と考えられる。『高砂』の尉と姥の姿に当てて描いているが、似顔ではない。句を寄せた人々のうち、慶子は[2]富十郎の俳名、中村津太右衛門は名古屋の興行を一手に任されていた人物。白猿は[7]市川團十郎の俳名で、この頃は天保の改革で江戸を追放されていた。 図版の説明はこちら。 |
所蔵場所 | 国立劇場 |