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「御能狂言図巻」より 能『白髭』
「御能狂言図巻」より 能『白髭』

 能の曲趣は夢幻能と現在能の二つに大きく分けられます。

 現在能は、主人公(シテ)が現実世界の人物で、物語が時間の経過にしたがって進行します。劇的状況に置かれた人間の心情を描くことを主題として、対話的な言葉のやりとりが中心となって物語が展開していきます。これに対して夢幻能では、神、鬼、亡霊など現実世界を超えた存在がシテとなっています。通常は前後2場構成で、歴史や文学にゆかりのある土地を訪れた旅人(ワキ)の前に主人公(シテ)が化身の姿で現れる前場と、本来の姿(本体)で登場して思い出を語り、舞を舞う後場で構成されています。本体がワキの夢に現れるという設定が基本であることから夢幻能と呼ばれています。

 夢幻能の様式は世阿弥が確立したものです。世阿弥は舞台における芸の魅力を自然の花に例えて心と技の両面から探求しました。花とは観客がおもしろい、めずらしいと感じる心のことです。自然の花はそれ自体が美しいものです。しかし、その美しさの意味を舞台の芸として具体的に再現しようとしても、それを観るすべての観客が美しいと感じるわけではありません。そこで世阿弥は、舞台の芸を種として観客の想像力に働きかけることで、ひとりひとりの観客が心の中にそれぞれの美しい花を咲かせる方法を工夫しました。夢幻能はそのための様式として確立されたものです。

 夢幻能は、幽玄という言葉で表される柔和で抒情性を備えた美を基礎としています。夢幻能の台本は、主に古典文学に素材を求め、舞を舞うにふさわしい優美な主人公を設定し、和歌的修辞を凝らした流麗な文体で書かれています。その詞章は、謡によって歌われます。謡は、能の情趣を引き出す根幹であり、独特の調子、発声、節回しを備えています。舞は、謡と並んで能の根幹となるものですが、他の舞踊のような写実的な身振りや物まねの表現はほとんど見られません。演者は謡や拍子を主体とした音曲に乗って、摺り足で舞台を歩み、袖を翻すなどの動きを繰り返します。演者は様々な場面で自身の心のありようを無駄のない動きに託して観客に伝えようとします。その究極として舞台に座して動かずにいる時、演者の内面的な演技の真髄が発揮されることになります。演者がそこにいるということ、それが謡の詞章や音曲のリズムと相俟って観客の想像力に働きかけるのです。それが種となって花を咲かせることに成功した時、現実の時空を超えた世界が展開し、観る者に深い感動をもたらします。

 能の現行曲は約240曲あり、大半は室町時代末期までに作られたものです。

 夢幻能、現在能という分け方は物語の展開や劇的構成に主眼を置いたものですが、能の演目は、通常、主題や役柄などによって大きく5つに分類されています。これは江戸時代に幕府が定めた一日に5曲上演した場合(五番立てという)の番組編成の指針と順序に基づいたもので、初番目物(脇能物、神物)、二番目物(修羅物)、三番目物(鬘物)、四番目物(雑物)、五番目物(切能物、鬼物)と呼ばれています。翁に始まって5番の能を上演する方式は、一日の上演演目をバランスよく配するための工夫でもありました。

翁
初番目物
二番目物
三番目物
四番目物
五番目物
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