歌舞伎への誘い 〜鑑賞の手引き〜
歌舞伎の演目
歌舞伎の作劇法
明治時代に外部の作者や文学者によって「新歌舞伎」が書かれるようになるまで、歌舞伎の作品は「狂言作者(きょうげんさくしゃ)」とよばれる専門の作者によって書かれてきました。各芝居小屋には座付きの「狂言作者」がおり、「立作者(たてさくしゃ)」とよばれるトップの作者の構想のもと、作品は複数の作者による分業によって完成されました。
ここでは、狂言作者による歌舞伎の作劇法のあらましを解説します。
 
「世界」を決める
新作を作る際に最初に決められるのは、「世界」とよばれる作品の骨格となる題材です。
「世界」は、源義経(みなもとのよしつね)や曽我兄弟(そがきょうだい)など当時の観客にも馴染み深い人物が活躍する伝説や先行芸能、文学作品から成り立ちます。時代背景や場所、登場人物の役名・性格・立場、人物同士の関係、敵討ち・恋愛・合戦などの大筋の展開、などを規定します。
また選ばれる「世界」は1つとは限らず、複数の「世界」が組み合わされることもあります。こうした手法を「綯交ぜ(ないまぜ)」とよび、4代目鶴屋南北(つるやなんぼく)が得意としました。この手法によって、物語の設定の自由度は増し、南北が好む奇想天外なストーリー展開が可能となりました。
 
 
 
「趣向」を組込む
「世界」が決定した後に、その作品のオリジナルの部分にあたるさまざまな工夫が組込まれます。この工夫は「趣向」とよばれ、「身替り」や「殺し」、「縁切り(えんきり)」などの類型的な場面の他、同時代に起こった殺人・強盗・心中などの事件が組込まれました。「趣向」の内容や組込み方は、作品の出来に直結するため、「趣向」を選定し作品全体を構想する「立作者」はその実力を問われます。

では「世界」と「趣向」の関係を南北の代表作『東海道四谷怪談(とうかいどうよつやかいだん)』[以下、『四谷怪談』]を例にとって、見てみましょう。
 
『東海道四谷怪談』の「世界」である『仮名手本忠臣蔵』 左から塩冶判官 桃井若狭之助 高師直 顔世御前
 
遺体が戸板の裏表に打ち付けられた『東海道四谷怪談』「隠亡堀の場」の戸板返しの仕掛け
 
『四谷怪談』の「世界」は、赤穂浪士の討入りを劇化した『仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)』という先行作品を元にした「忠臣蔵の世界」です。これにより、主君の塩冶判官(えんやはんがん)の敵(かたき)、高師直(こうのもろのう)を塩冶家の浪人が討つという物語の大枠が規定されます。そのため『四谷怪談』では、おもな登場人物である民谷伊右衛門(たみやいえもん)や妻お岩の父四谷左門(よつやさもん)が塩冶家の浪人であるという設定となります。
そこに「趣向」として、当時うわさとして広まっていた四谷左門町(よつやさもんちょう)の田宮家の娘お岩の怨霊が現れる話や男女の遺体が戸板の裏表に打ちつけられて流された話などが組込まれました。これにより民谷伊右衛門やお岩の父四谷左門の役名、お岩が幽霊となり伊右衛門に祟り(たたり)をなすという展開、「隠亡堀の場(おんぼうぼりのば)」での「戸板返し(といたがえし)」の演出などが決定しました。
 
 
 
 
 
 
書替狂言 かきかえきょうげん
また歌舞伎には評判となった先行作の大枠を残しながら、人物の役名やストーリー展開の一部を書き換える「書替」という手法も存在しました。このようにしてできた作品を「書替狂言」とよび、先行作の一種のパロディーともいえます。
一例として、与三郎(よさぶろう)とお富(おとみ)が登場する『与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)』[以下、通称の『切られ与三(きられよさ)』]と河竹黙阿弥(かわたけもくあみ)作の『處女翫浮名横櫛(むすめごのみうきなのよこぐし)』[以下、通称の『切られお富(きられおとみ)』]の関係を挙げることができます。
先行作の『切られ与三』では、与三郎が恋人お富との不義によって、体を切られ多くの傷を負いますが、「書替狂言」の『切られお富』では与三郎との不義によって体を切られるのは、お富という設定になっています。与三郎とお富を入れ替えたところが、『切られお富』の作者黙阿弥の「趣向」といえます。またタイトルに「浮名横櫛」という文字が共通して使用されている点にも、この2作が先行作と「書替狂言」の関係にあることを示しています。
このような「書替狂言」は、観客が先行作の展開や役名などを知っているため、新作であっても観客を集めやすいという利点もあり、多く作られました。