歌舞伎への誘い 〜鑑賞の手引き〜
歌舞伎の表現
型 かた
2枚の写真は、『義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)』通称「すし屋」の同じ場面を撮影したものです。
比較すると中央に写っている主人公の権太(ごんた)の姿勢などに違いが見られます。同じ作品の同じ場面にも関わらず、なぜこのようなことが起こるのでしょうか。この違いは、「型(かた)」から来ています。
 
東京の型 12代目市川團十郎の権太 2代目片岡秀太郎の小せん 『義経千本桜』「下市村釣瓶鮨屋の場」 2001年[平成13年]11月 上方の型 5代目片岡我童(14代目片岡仁左衛門)の小せん 3代目實川延若の権太 『義経千本桜』「下市村釣瓶鮨屋の場」 1968年[昭和43年]4月
 
この場合の「型」とは、作品や役の解釈によって行われる特定の演技や演出などをさし、創始した俳優の名跡(みょうせき)や屋号(やごう)、「上方の型」など伝わった地域を冠して名づけられています。
右の写真は、上方の型で上演された時の写真です。上方の型では、舞台となっている大和国[現在の奈良県]に近いという地域性を生かし、原作の人形浄瑠璃(にんぎょうじょうるり)を引き継いで「大和国の田舎のならず者」という解釈で権太を演じます。そのためせりふ回しは上方言葉となり、しぐさや扮装も野暮ったく表現します。
一方左の写真は、東京の型を写したものです。東京では、代々の尾上菊五郎(おのえきくごろう)が洗練させた、音羽屋(おとわや)の型で演じるのが一般的です。この型では、権太を江戸っ子という解釈で演じます。せりふ廻しは江戸弁で、きびきびとした動きから衣裳の柄や手拭(てぬぐい)の結び方まで、粋に見えるよう細部に渡って工夫されています。原作を踏まえると権太が江戸っ子なのはおかしいのですが、音羽屋型では江戸・東京の観客に馴染み深い人物像として造形した結果、このような型が成立しました。
型は親子や師弟の関係によって、受け継がれていきました。そのため、どの型で演じられるかは、演じる俳優[おもに主役]個人によって決定されます。

このように歌舞伎では、同じ演目でも型が異なるとさまざまな違いが出てきます。異なる型を比較しながら、観劇するのも歌舞伎の楽しみ方の1つといえます。