歌舞伎への誘い 〜鑑賞の手引き〜
歌舞伎の表現
俳優の紋
一般の家にも墓石などに刻まれる「家紋(かもん)」が存在しますが、歌舞伎俳優の家にも紋はあり、名跡(みょうせき)とともに受け継がれています。特徴的なのは、紋に加えてその家や名跡にまつわる色や模様などが存在する点です。これらは衣裳や小道具・大道具に使用され、観客に俳優の存在を強く印象付けます。
 
家にまつわる色・紋
 
家にゆかりの裃姿で口上に連なる俳優[中央が4代目市川小團次](『中村座寿披露之図』1865年[慶応元年] 中村座)
 
この錦絵は、舞台上での挨拶である「口上(こうじょう)」の場面を描いたものです。口上は多くの場合、俳優の正装である裃姿(かみしもすがた)で行なわれます。この裃の色や柄、あしらわれている紋は、それぞれの家や名跡にまつわるものです。
中央に描かれている4代目市川小團次(いちかわこだんじ)の裃は、市川團十郎家(いちかわだんじゅうろうけ)にゆかりの柿色で、三升(みます)の紋[升を3つ重ねた形の紋]があしらわれています。この裃から、小團次が團十郎の一門の俳優であることが分かります。このように俳優は、紋や色によって自分の家系を観客にアピールしました。
 
素の俳優として舞台に上がる「口上」ではなく、役に扮している場合にも、衣裳や小道具などに俳優の紋が使用されるケースは多くあります。
写真は、7代目松本幸四郎(まつもとこうしろう)扮する『夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)』「住吉鳥居前の場(すみよしとりいまえのば)」の団七九郎兵衛(だんしちくろべえ)です。この衣裳の首のあたりに大きくあしらわれている紋は、幸四郎家の紋である花菱(はなびし)です。また裾のほうには、幸四郎の俳名(はいみょう)である「錦升(きんしょう)」という文字が染め抜かれています。別の俳優が演じる場合には、当然その俳優の紋や俳名があしらわれます。
家の紋と俳名をあしらった衣裳をまとう7代目松本幸四郎 『夏祭浪花鑑』「住吉鳥居前の場」 1928年[昭和3年]9月 明治座
 
このように役には関係のない、俳優の紋が衣裳にあしらわれるのは、なぜでしょうか。これは江戸時代の衣裳の多くが、俳優の自前であったことに関係しています。俳優は衣裳を作る際に、「その役らしさ」を表現すると同時に、自らの存在を少しでも観客に印象づけるように工夫をこらしました。その結果、衣裳には俳優の紋や好みの色柄が使用されるようになりました。江戸時代には人気俳優が衣裳で使用した色や柄が流行し、一般社会のファッションにも大きな影響を与えました。初代尾上菊五郎(おのえきくごろう)の俳名から名付けられた「梅幸茶(ばいこうちゃ)」、代々の市川團十郎が使用した「鎌わぬ(かまわぬ)」の柄、などはその例として挙げられます。