歌舞伎への誘い 〜鑑賞の手引き〜
歌舞伎の表現
さまざまな情景の表現
歌舞伎の場面の表現は、大道具、小道具、「下座音楽(げざおんがく)」とよばれる効果音、舞台機構などが駆使されています。ここではどのような工夫によって、その場面の情景が表現されているか、そのポイントを概説します。
 
「定式」の大道具 天候を表す演出 松羽目物の演出 幕切の演出
 
「定式」の大道具
歌舞伎には、「決まっている形式」という意味で「定式(じょうしき)」という言葉があります。使用例としては「定式幕(じょうしきまく)」が有名ですが、大道具にも「定式」が存在します。

下の2つの図は、異なる作品のある場面の大道具を描いたものです。建物の床の高さ、正面の3段の黒い階段、「瓦燈口(かとうくち)」とよばれる独特な形の入口がある点などが共通しています。
この大道具は、「時代物(じだいもの)」の御殿の場面に使用される「天王建(てんのうだて)」とよばれる大道具です。このように複数の作品で利用される、類型的な大道具を「定式大道具(じょうしきおおどうぐ)」といいます。「定式大道具」が作られるようになった背景には、場面の類型化があります。歌舞伎の脚本は発展するに従って、多くの類型的な場面を生み出しました。類型化されていった寺院や御殿などの場面の大道具は、必然的に似た作りになっていきます。江戸時代の芝居小屋では、類型的な場面の大道具を常備して使いまわすようになり、それが「定式大道具」となりました。
 
『妹背山婦女庭訓』「三笠山御殿の場」(装置・釘町久磨次)
 
『義経千本桜』「河連法眼館の場」(装置・釘町久磨次)
 
また大道具の床の高さにも、「常足(つねあし)」・「中足(ちゅうあし)」・「高足(たかあし)」という「定式」があります。
最も多く使われる「常足」は、高さ1尺4寸[約42センチ]で、百姓家や商家、下級武士の家などで使用されます。「高足」は、その倍の高さ2尺8寸[約84センチ]で、上記の「天王建」のような御殿や公家(くげ)・大名の屋敷などで使用されます。この中間には、あまり使用されませんが、2尺1寸[約63センチ]の「中足」があります。このように歌舞伎の大道具の高さは7寸刻み[約21センチ刻み]で作られており、俳優はこの高さを体で覚えているため、演技をスムーズに行なうことができます。
 
常足の大道具(『青砥稿花紅彩画』「浜松屋見世先の場」)(装置・釘町久磨次)
 
特に古典作品の大道具は、このような「定式」も含めて、リアルな表現よりも類型的で様式的な手法を用いることで、「その場面らしさ」を表現するという特徴があります。